第二章 デジタル時代における製造業のディシジョンチェーン ブックマークが追加されました
従来、日本の製造業は、現場の強さと組織的な知識の集積に強みがあった。日本の製造業は、ものづくりの力を自社の生産現場に加えて取引企業も巻き込んで磨いてきた。ものづくりに関わる様々な層の人々が、共通認識と自分事の意識を持って、改善案を出し合い、議論して、改善活動に取り組んできた。
日本の製造業のものづくりは、作業効率と品質を高める継続的な改善活動を通じて、工場管理を行うノウハウを組織知として高めてきたと言える。共通の組織知のもと、組織内の各層で行われる意思決定が整合した方向性を持ち、互いに連鎖することで、全体としての競争力を生んでいた。しかしながら、この強みも、ベテラン層の退職と若年労働力人口の減少などにより、その組織知の継承が課題となっている。
直近20年以上に渡る製造業のデジタル化は、基本的には欧米のコンセプト、テクノロジーの導入が中心であったが、日本製造業の強みであった、現場の強さや組織知を前提とした意思決定の連鎖を十分に支援してきたとは言い難いのではないか。
日本製造業は、社内の各層、機能部門それぞれが、自らに関係する新たなコンセプトのシステム化、技術導入を個別に進めてきた。ERPやPLM、MES等により、「実績情報」の一元化、可視化のスピードアップは図られてきたが、それを生み出し活用する業務・現場の活動には十分なデジタル化の議論はされてこなかった。また、システムやデータが分断されているために、製造現場でいま何が起きているかわからないまま、経営の意思決定を行わなくてはならないことも多く発生していると考えられる。
結果として、従来の強みがデジタル化から取り残されてきたことに加え、サイロ化された組織の壁、現場と経営の間の壁といった、変化・変動への対応に対する組織のロスが、発生しているのではないだろうか。
デロイト トーマツ グループは、製造業デジタル化の新たな潮流として、デジタルを活用した組織活動の強化、「スマートファクトリー2.0」を提唱している。スマートファクトリー2.0は、従来のデジタル化により得られたデジタルデータをもとにした、変化への気づき、組織内での問題解決・意思決定とアクションを、人知とデジタルを融合させた新たな知能で生み出していく。その様々な階層・組織の中での意思決定が、「ディシジョンチェーン」として整合性と連鎖を生み、迅速に行われている状態である。
製造現場には毎日のように様々な事象が発生している。目的に計画を立てて実行すると決めた次の日には、従業員の欠勤、部品の不足、機械の停止、品質の不良、などの条件の変化が日々絶え間なく起こっている。さらに市場も常に変化している。日々の変化や前提条件の変化に従い、製造現場では部分的な生産能力の余剰や不足が発生する。製造現場は、そのような日々の変化に対処しつつ、付加価値作業として生産活動を実施している。
製造現場における日々の変化は、ありのままの事実といえる。ありのままの事実は、改善につなげることができる。従来から、生産現場を直接観察した際に、作業員の導線や装置の配置や生産現場の状態から、経験や勘にもとづいて改善テーマや問題解決の糸口を発見することが行われてきた。デジタル時代の現在、ありのままの事実の把握に対してデジタル技術を活用することによって、製造現場の特定のラインや設備にとどまらず、工場全体や経営層を含めて組織内に製造現場の事実情報を共有でき、会社全体での収益性の向上に取り組むことができるようになる。
経営目的に併せて目標が設定され、組織内の各部署に落とし込まれる。KPIは、目標達成の状況に加えて課題を明らかにする。デジタル時代の現在、データの可視化は容易にできるようになっている。しかしながら、データの可視化で止まっている実態が多いのではないだろうか。
可視化は、製造現場のありのままの事実に対して、何が課題か把握して改善する、改善し続けることによってはじめて意味を成す。どのような製造現場や状況でも、細かく観察すれば、必ず無駄があり、改善の余地は残されている。製造現場には様々な事象が発生するため、計画と実態はいつまで経ってもずれる。しかしながら計画と実態のずれをデータで可視化するだけで止まっているのは、課題解決や改善につなげる製造現場の実態を把握できていないためではないだろうか。
製造現場の生産活動に対して、デジタル技術を活用してありのままの事実を把握することで、無駄をどのようにして無くすか、どのように課題解決や改善をするか、気づきや議論を生み出しうる可視化につなげることができる。
製造現場のありのままの事実に着目することに加えて、製造現場の実態を組織内で共有することは重要である。製造現場での問題を解決するのは、製造現場だけの責務ではない。ややもすると製造現場には毎日のように様々な事象が発生しているために、製造現場での問題は製造現場で対処すべきと扱われがちである。しかしながら、製造現場での事実の情報を組織内で津々浦々にわたって流通させることにより、組織として製造現場をサポートできる仕組みを構築し、会社全体で無駄をなくし、製造現場での正味作業の比率を高めることができる。
製造現場のありのままの事実に対して、組織として製造現場を支援する情報の流れや仕組みは如何にして構築できるだろうか。私たちデロイト トーマツ グループは、デジタル技術を活用してOODA(Observe(観察)、Orient(状況判断)、Decide(意思決定)、Act(実行))ループを回すことが有効と考える。OODAループとは、従来から製造現場において問題が観測され、状況が把握され、対策が決められ、課題が対処されている活動である。製造現場に留まっているOODAループは、デジタル技術を活用して全社共通の情報基盤の中で回すことにより、会社全体の活動として課題解決を促進できるようになる。従来の「指示・報告」の情報伝達では、製造現場の事実情報を組織内で流通させる過程においては、物理的にも組織的にも距離があることから一部の重要な情報に絞られ、情報の量と質が限定されてしまうことが往々にしてある。加えて、一連の指示・報告の過程で時間的なギャップが生じ、マネジメント層や他部門が適時に問題をとらえ解決策を指示・支援することが難しいのが現状ではないだろうか。一方で、デジタル技術を活用して、ありのままの事実を全社共通の情報基盤で即座に流通させることは、製造現場の事実情報をフィルタも無く時差も無く組織内に伝えることとなり、ありのままの事実に基づくOODAループを回す量が増え、そして量の増加は質の向上につながる。例えば新製品の量産品をスムーズに立ち上げる状況において、生産担当と設計担当が対処するだけでなく、ありのままの事実に基づいて担当や部署を超えて全社で同じ課題認識を持ち、会社全体で解決に向けて活動できるようになる。全社共通の情報基盤の中でOODAループを回す過程を通じて、意思決定は連鎖し、組織内に知恵として蓄積されることになる。
意思決定の連鎖は、知恵の蓄積につながることに加えて、組織活動の強化にもつながる。製造現場にとどまっていた課題を、組織内での情報の流通に伴って、会社全体で解決に取り組めるようになる。今までIoTや自動化によって取得したデータは、組織内での意思決定の連鎖に伴って、データに意味づけすることにより、会社全体でデータに基づいて問題解決に取り組めるようになる。それは日本製造業の強みである現場の強さや組織知を更に強化する上でのデジタル技術の活用方法となる。そして組織を流通する事実情報の量や質、スピードや共有範囲、またイレギュラー情報を如何に含むかに着目し、意思決定の連鎖をマネジメントしていくことが、スマートファクトリー2.0推進に向けて経営者が担うべき役割である。意思決定の連鎖によって組織内に蓄積された知恵は、会社全体の収益性向上に対するヒントであり、現場現実の対応能力でもある。経営者はディシジョンチェーンを適切に管理することによって、製造現場の問題解決の推進にとどまらず、自社に見合った現実的な手法で自社の収益性を向上させることができるようになる。
製造業にとって、製造現場は付加価値の源泉である。一方、経営者にとっては、どのような課題があるか、課題を見つけ続けないといけない。製造現場には付加価値を高める正味作業以外に、必ず無駄はあり、改善の余地はある。製造現場には毎日のように様々な事象が発生し、計画と実態のずれが発生している。個別の工程を改善したとしても、全体的な改善につながらないのであれば効果は少ない。
製造現場の事実情報の流れを構築することにより、経営者にとっては次に何をするべきか、すぐにわかるようになる。日本製造業は、従来から製造現場にデジタル技術を活用し、自動化に取り組んできた。デジタル時代の今、組織内での情報の流れ方を変え、意思決定の仕方を変えていくことにより、日本製造業のものづくりの力を更に高めることができる。
デロイト トーマツ グループは、日本製造業の競争力は、デジタル時代においても更に強化できると確信している。デジタル時代の製造業における経営の新たなスタンダードは、日本製造業の取り組みによって生み出されると考えており、クライアントやパートナーと一緒に、オープンで、エコシステム的に、日本の製造業の世界を作り上げることに取り組んでいる。
重工業、産業機械、建機/農機製造業を中心に、20年以上にわたって製造業向けコンサルティングに従事。 事業戦略、ビジネスモデル策定から、設計開発・営業・サプライチェーン・サービスのオペレーション変革実行に至るまで幅広く支援している。 近年はデジタルを活用した事業構造変革に注力。 スマートファクトリーイニシアチブのリードも務める。 >> オンラインフォームよりお問い合わせ