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金利ある世界のALM経営:銀行経営戦略へのインプリケーション

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.108

リスクの概観(トレンド&トピックス)

デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社
リスク管理戦略センター
マネージングディレクター
勝藤 史郎

日本銀行が金融政策の正常化を進める中で、各民間銀行は日本円の資産負債管理(ALM: Asset Liability Management)を再強化する必要がある。日本円は1999年のゼロ金利政策導入以降約四半世紀に亘りほぼゼロ金利の状態が継続していた。しかし、日本銀行が2024年3月にマイナス金利政策とイールドカーブコントロールを解除して以降、10年物日本国債利回りは1%前後にまで上昇しており、既に日本円は「金利ある世界」に入っている。今後は政策金利の更なる引き上げと、長期金利の変動幅の拡大が見込まれる。一般に金利上昇は利鞘の拡大を通じて銀行収益の追い風要因であるが、銀行は今後、以下のような要因を勘案して経営戦略全体の観点から、より能動的な金利リスク管理とALM運営を実施することが必要になろう。

まず、預金から債券等への資金シフトによるバランスシート変化の推計と、預金プライシング戦略の策定が必要である。ゼロ金利の期間は銀行預金金利と国債等債券の利回りにほぼ差がなかったことから銀行預金に資金が流入する一方、低成長による資金需要の低迷により、銀行は預金残高が貸出残高を上回る預金超過の状況にあった。今後、国債や社債などの債券利回りが上昇すると資金が預金から債券等に流出して、低利の安定資金調達額が縮小することになる。銀行としては、銀行間短期市場からの調達金利よりも低利で粘着性の高い顧客預金を確保しつつ、資金収益の利鞘を確保できる水準に預金金利水準を戦略的に設定する必要がでてくる。

また、金利上昇局面では、国債等の既存保有債券の評価益(含み益)の減少または評価損の拡大にも留意が必要である。銀行は通常、資金収益という財務上の実現収益とともに、保有有価証券の評価損益をモニタリングしており、いわゆる含み損の多大な拡大や、減損処理による財務影響をコントロールしている。保有債券の含み損はその債券を満期まで保有すれば財務上の損失実現は回避できるものの、有価証券の含み損は財務諸表で開示が必要なほか、一定以上の含み損のある債券は減損処理により財務計上が必要になる。有価証券の含み損益のコントロールは、日本国債を大量に保有する邦銀の当面の重要なリスク管理課題だといえるだろう。

更に、貸出やそのプライシング戦略も銀行経営の戦略の重要な要素となろう。銀行貸出の約3分の2は、期間1年以内であるか変動金利貸出であり、基本的には金利更改による貸出金利の上昇メリットを享受できる構造となっている。他方、現実的に貸出金利の引き上げは顧客企業とのリレーションや、金融円滑化の観点から必ずしも市中金利上昇に連動して実施できるとは限らない。コロナ禍におけるいわゆる事業支援策の一つであるゼロ・ゼロ融資等の更改に当たり、金利引き上げを一気に実施すれば借入企業の金利負担が急増して事業継続が困難になる可能性がある。日本政府も、コロナ禍を乗り越えた後も引き続き中小企業の経営改善支援・事業再生支援を継続することを金融機関等に周知している。銀行としては、金利上昇局面における経営改善支援・事業再生支援戦略を、銀行の収益と社会的使命の双方の要請を満たすよう策定するという、経営上の難しいかじ取りを迫られることになろう。

より技術的には、ALM運営における様々な収益・リスク指標(⊿NII、⊿EVE、ベーシスポイントバリューなど)のアセットクラス毎のモニタリング精緻化やストレステストの多様化、コア預金モデルの見直し、銀行内の仕切りレート(FTP: Fund Transfer Pricing)の活用、またALM関連の銀行内会議体・委員会の審議の活性化などのガバナンス強化も検討の対象となりうる。

これらを合わせて、ALMにおける資金収益操作と金利リスク管理の高度化が必要である。金利上昇は一般的には銀行の資金収益にとってはプラス要因である。銀行の負債が低利の顧客預金であって運用側がそれよりも金利の高い資産(貸出・債券など)であった場合、一般に金利水準が上昇すると貸出金利や債券利回りの上昇により利鞘が拡大する。長期に亘るゼロ金利状態で利鞘の低迷に苦心してきた銀行にとって、金利上昇は利鞘拡大による収益好転の機会となる。ただし、今後金利変動が大きくなると、従前より精緻な金利リスク管理が必要になる。たとえば、銀行が短期の資金調達、長期の資金運用を行っていた場合、金利上昇局面では調達コストが上昇するのに対し運用金利が長期で固定されているため、運用サイドの金利更改時期までに資金収益が逆鞘になるリスクがある。金利上昇が予想される局面でのALM運営の考え方では通常、資産サイドの運用期間を短期化して金利更改による運用金利上昇メリットを享受できるよう、資産負債の金利リスクを調整する操作を行う。こうした、金利変動を前提とした金利リスクコントロールによる資金収益の最適化を、預金・貸出・市場調達・市場運用などの全てを含む銀行バランスシートの戦略態調整により実現する体制を、銀行としては早期に軌道に乗せる必要があろう。

2023年に、複数の米国の中堅銀行が、金利上昇局面における保有債券含み損拡大や顧客預金の想定外の流出を契機として破綻した。これらの銀行の破綻は、リスク管理の拙稚さや足の速い法人預金への依存という当該銀行固有の事情によるところが大きいと考えられる。現在の邦銀のリスク管理水準や、リテールを含む粘着性の高い預金構造からは、日本円金利上昇局面において、昨年の中堅米銀破綻と同様の破綻が本邦で起きる可能性は低いだろう。むしろ、日本の銀行にとって金利のある世界への移行は、金利上昇によって拡大するリスクと機会の双方を適切にコントロールすることで、銀行の財務健全性の向上とともに日本経済の持続的成長に寄与するために活用すべき好機である。

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執筆者

勝藤 史郎/Shiro Katsufuji
デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社
リスク管理戦略センター マネージングディレクター

リスク管理戦略センターのマネージングディレクターとして、ストレス関連情報提供、マクロ経済シナリオ、国際金融規制、リスクアペタイトフレームワーク関連アドバイザリーなどを広く提供する。2011年から約6年半、大手銀行持株会社のリスク統括部署で総合リスク管理、RAF構築、国際金融規制戦略を担当、バーゼルIII規制見直しに関する当局協議や社内管理体制構築やシステム開発を推進。2004年から約6年間は、同銀行ニューヨー...さらに見る

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