最新動向/市場予測

逆風が強まり追い風が止む時:ソフトランディングに向けた懸念

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.108

マクロ経済の動向(トレンド&トピックス)

デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社
リスク管理戦略センター
シニアマネジャー
市川 雄介 

この1ヶ月は主要国で政治情勢の流動化と言えるような動きが相次いだ。フランスでは、総選挙を経てマクロン大統領の政策推進力が大きく阻害される格好となったほか、財政支出の拡大を訴える左派勢力や極右の主張がEUとの対立や金融市場の動揺を招くリスクが高まりつつある。英国では、14年ぶりに労働党が政権を奪還した。フランスと異なり議席上は安定的な政権運営が可能だが、移民政策や富裕層向け税制等では政策の見直しが模索されているとみられ、一定の不確実性をもたらしている。

そして、稀に見る激動の数週間を経験したのが米国である。7月13日に発生したトランプ前大統領の暗殺未遂事件は、それ自体衝撃的であっただけでなく、共和党が一気に団結力を強める契機となり、他方で民主党のバイデン大統領に再選を断念させることにも繋った。本稿執筆時点ではハリス副大統領が後継の大統領候補の座を確実にしたが、民主党が結束力を維持したまま世論の関心・支持を集められるかどうかは予断を許さず、大統領選を巡る情勢は大きく流動化した。

これらの政治不安定化の動きは、来年にかけての世界経済に対する逆風となるだろう。政治や政策の不確実性が景気に悪影響を与える最たる例として、米国における通商政策が挙げられる。4月のリスクインテリジェンス メールマガジンでは、強硬な関税政策が現実味を帯びるなど通商政策の先行き不透明感が高まると、企業活動の先送りや萎縮につながり、世界貿易が下振れすることを指摘した。同じデータ・手法を用いて改めて分析すると、不確実性が増大するショックが発生して半年経過した頃から徐々に世界貿易へのマイナスの影響がはっきりし、1年後にその影響が最大になっていることがわかる(図表1)。11月の大統領選に向けて通商政策を巡るリスクが一段と意識されるようになれば、今秋から一年後、すなわち来年後半の世界貿易や景気に一定の下押し要因となることが予想される。

図表1 政策の不確実性による世界貿易への影響

 

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問題は、世界経済がそうした下押し圧力に耐えられるかどうかである。現時点では、来年は米国をはじめ各国で利下げの本格化が見込まれていることから、設備投資・住宅投資を中心に各国の内需が刺激されることで景気の足腰が強まり、多少の不確実性の高まりは大きな問題にならない、というのが基本的な見通しである。ただし、一年程度先を見通す際には、景気に対する足許の逆風(高金利)だけでなく、景気を支える追い風も止み得るということに留意する必要がある。

追い風のうち、米国等における家計の過剰貯蓄や大規模な補助金を通じた企業投資の後押しといった財政的な要因については、高金利の影響を緩和してきた要因としてよく指摘されており、来年にかけてその力が弱まっていくことは概ね織り込まれていると言えよう。他方で、それらに加えて、グローバル規模の循環的な追い風が昨年来の世界経済を下支えしてきたことは、あまり意識されていないように思われる。

すなわち、昨年11月のリスクインテリジェンス メールマガジンで指摘した、グローバルな在庫調整圧力の解消と半導体サイクルの好転という2つの循環の影響である。昨年後半以降、世界経済は、両サイクルが同時に改善局面を辿るという数年に一度の追い風を受けてきた(図表2)。いずれも元来は製造業の動向を示す指標であるが、いまや半導体は家電や産業機械等のモノに使われるだけでなく、サービス業も含めたあらゆる企業のビジネスを直接・間接的に支えていることから、2つの指標は非製造部門も含めたグローバルな経済活動のモメンタムを測る指標と位置づけることができよう。両サイクルが改善している時には世界経済が上振れしやすい傾向にあること(上記リンクの11月号ご参照)も、そうした見方を裏付けるものだ。

図表2 グローバルな在庫循環と半導体サイクル

 

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「サイクル」である以上、いずれその追い風は止むことになるが、そのタイミングは向こう1年以内に訪れる可能性が高い。この点、最近の世界的なAI・データセンター向け需要の爆破的な拡大を目の当たりにすれば、半導体サイクルがピークアウトするということには異論もあるだろう。もっとも、半導体を活用した革新的な製品やセクターはこれまでも目まぐるしく生まれてきたが、データからは、どのような局面でもサイクルの改善期間は最長2年で終わっていることが読み取れる(図表3)。ドライバーは局面ごとに異なるが、需要の拡大が各社を増産に走らせ、しばらくすると供給過剰(調整局面)に陥るというパターン自体は、常に妥当してきたと言える。

図表3 グローバルな半導体サイクル

 

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この強力な経験則を踏まえれば、構造的・長期的な拡大トレンドの中でも、半導体需要が一時的に鈍化する局面が遠からず訪れる、と想定しておくほうが自然だろう。具体的には、現在のサイクルの谷である2023年半ばから(遅くとも)2年後となる2025年の半ばには循環的な調整局面に入り、それに伴って世界経済の拡大ペースも鈍化することが見込まれる。同じタイミングで、上述した政治的な不確実性に端を発する下押し圧力が加わることになれば、景気は想定以上に下振れすることとなろう。

米国を中心とする世界経済は、急ピッチの利上げと歴史的な高金利にもかかわらず、緩やかな景気減速(ソフトランディング)を達成できるというのが基本的な見方ではある。しかし、政治情勢の流動化という逆風が本格的に吹き始め、それと同時に世界経済に対する循環的な追い風が止むことになれば、そのシナリオも修正を迫られる可能性が出てくる。来年の世界経済を見通す上で、ソフトランディングを妨げるような乱気流が強まっていないか、目を凝らしていく必要があろう。

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執筆者

市川 雄介/Yusuke Ichikawa
デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社
リスク管理戦略センター シニアマネジャ

2018年より、リスク管理戦略センターにて各国マクロ経済・政治情勢に関するストレス関連情報の提供を担当。以前は銀行系シンクタンクにて、マクロ経済の分析・予測、不動産セクター等の構造分析に従事。幅広いテーマのレポート執筆、予兆管理支援やリスクシナリオの作成、企業への経済見通し提供などに携わったほか、対外講演やメディア対応も数多く経験。英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスにて修士号取得(経済学)。

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