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「労働市場の流動性」リスクが課題:ポストコロナの企業改革

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.63

リスクの概観(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
ディレクター
勝藤 史郎
 

最近、複数の上場企業のCFO(最高財務責任者)の方々にポストコロナのビジネスモデルにつきご意見を伺う機会があった。新型コロナウイルス感染症の収束は見えず、経済も回復には遠い状況である。しかしながら、お話を伺った企業は、新型コロナを危機であるとともに転機ともとらえて次のビジネスモデルを具体的に構想されていた。これは戦後最大の経済危機ともいわれる現状において、本邦企業の明るい面を見たと個人的に思った次第である。デロイト  トーマツでは、新型コロナ危機への対応を、短期(Respond)、中期(Recover)、構造変化(Thrive)の3つの段階に分けて考えている。ただ当然ながら業種によってまた個別企業によって、新型コロナ対応の各段階への移行過程は異なる。例えば医薬品や通信などは既に構造変化による新たなビジネス拡大を実践しつつある。一方で人の移動が不可欠な娯楽・宿泊関連は短期対応から中期的な事業計画見直しの時期にある、などである。

CFOとの面談で印象的だったのは、「人材の確保」「労働市場の流動性」をポストコロナの共通の課題と考えていたことであった。事業ポートフォリオ分散、デジタル化・リモート化、新商品開発のためには、従前からの企業内の人材では足らず、外部人材の活用を可能にすることが不可欠である。そのためには労働市場が充分に流動的であることが必要との認識を多くの企業が持っていた。

一般に産業構造に変化が起きると、成長産業と縮小産業の交代により、成長産業は雇用を増やし、縮小産業は雇用を削減する。構造変化による労働需要全体に変化がないとした場合、縮小産業から流出した労働力が成長産業に吸収されれば失業率は構造変化前後で不変となる。しかし、これらの産業間で必要とする人材スキルが異なる場合、雇用のミスマッチが生じ、労働需要があるにも拘わらず失業率が上昇するという現象が起きる。図表1は、米国の失業率(Unemployment Rate)と欠員率(Vacancy Rate)との関係を長期的に見たものである。2008年のグローバル金融危機ののち、数年をかけて企業の欠員率(=労働需要)は危機前水準に回復したにも関わらず、失業率は危機前の同じ労働需要水準の時期に比べて高いという状態になっている。このいわゆるUV曲線の右上シフトは、金融危機後に米国雇用市場のミスマッチが拡大したことを示唆している。例えば金融危機で大きな痛手を受けた米国自動車産業では大規模な失業が発生した。自動車製造に携わる労働者には同産業固有の熟練技能が求められていたうえ、米国自動車産業は中西部など一部地域に集中しており転職のための転居に抵抗のある労働者が多かったと考えられる。熟練労働者や転居が困難な労働者は、一般に他業種への転職が困難とされる。

 

図表1

図表1
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新型コロナ危機以降に需要が高まりそうな人材として、デジタル化・リモート化システムの開発運用スキル人材が挙げられる。一方で、営業が対面から非対面に移行すると、従来型の対面営業に熟練した人材の需要は相対的に下がる可能性がある。娯楽産業においても、現状のように消費者自らが動画編集・配信を行うことが一般的となり、娯楽の場所が自宅中心になると、娯楽提供側の求める人材は動画編集技術よりも多様な消費者の価値観を的確に把握できる人材に変化する可能性もある。企業としては、雇用のミスマッチが発生しやすい現況において、必要な人材を如何に確保するかが大きな課題といえよう。人材確保手段は従来の正社員中途採用に限らず、内部での人材育成、ジョブ型雇用など新たな雇用形態の活用、企業間の人材交流など多様な手段を駆使する必要があろう。

執筆者

勝藤 史郎/Shiro Katsufuji
有限責任監査法人トーマツ ディレクター

リスク管理戦略センターのディレクターとして、ストレス関連情報提供、マクロ経済シナリオ、国際金融規制、リスクアペタイトフレームワーク関連アドバイザリーなどを広く提供する。2011年から約6年半、大手銀行持株会社のリスク統括部署で総合リスク管理、RAF構築、国際金融規制戦略を担当、バーゼルIII規制見直しに関する当局協議や社内管理体制構築やシステム開発を推進。2004年から約6年間は、同銀行ニューヨー...さらに見る

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