Posted: 05 Mar. 2024 3 min. read

人的資本3.0の実践による企業価値創造のススメ

人的資本の情報開示は、企業が持続的な価値向上を志向する中で、自社の重要な経営資源の一つである人的資本をいかに最大化するかを対外的に示すことが目的です。一方、開示「元年」の2023年3月期は、制度開示への要請への対応が中心に位置づけられていたと考えます。本来の目的に立ち返ると、今後は自社としての人的資本への投資を通じた価値創造ストーリーを具体化し、その推進に向けて各種基盤を整備していくことが期待されます。

人的資本への注目は依然衰えず

2022年頃から、市場を騒がせている「人的資本」という言葉は、引き続き、企業経営と人材マネジメントを取り扱う領域において重要なワードとなっています。2023年3月期より、有価証券報告書への、多様性を含む人的資本情報の開示が義務化されたことで、各社とも、自社にとっての人的資本とは何か、それをどのように活かして企業価値を高めていこうとしているのか、を改めて考える必然性に迫られています。2024年3月期に入り、ルール形成の動きは、昨年度のようにマーケットを日々騒がす、という勢いではなくなったように見えるかもしれません。しかしながら、テーマとしては引き続き熱を帯びており、また、水面下ではルール策定が粛々と進められており、今後しばらくは、経営における重要なアジェンダとして注目を集めるのではないかと思われます。
 

開示初年度の傾向から見る現状と課題

一方、企業がこのトレンドを適切に解釈し、自社の経営や人材マネジメントの高度化に結び付けているか、という点については、企業間の温度差があると見受けられます。当社がTOPIX100企業を対象とし、2023年3月期の有価証券報告書における人的資本情報開示について行った調査において、自社の人的資本への投資やそれによる成長ストーリーをわかりやすく描けている企業は全体の2割程度ではないかと見られます。準備期間が非常に限られた中で、各社とも、制度開示への要請にどのように応えるか、という点に意識が向いてしまい、自社固有のストーリーを発信するという点がやや後回しになってしまったのではないか、と考えられます。また、人的資本は経営アジェンダであり、人事・人材部門だけでなく、経営企画や財務経理、サステナビリティといった部門と連携し、会社として意味のあるメッセージングが求められている一方、各社における部門横断的な取り組みが十分に推進できなかったことも課題の一つとして挙げられるのではないでしょうか。さらには、実際に取り組みを進めようとすると、グループにおける親会社と関連会社との連携不足、取り扱う情報の収集や分析を行うインフラやプロセスの未整備なども取り組みを進めるうえでの障害として認識されてきました。
 

人的資本3.0

人的資本の情報開示は、本来、企業が持続的な価値向上を志向する中で、自社の重要な経営資源の一つである人的資本をいかに最大化するかを対外的に示すことが目的です。一方、開示「元年」の2023年3月期は、前述の通り、制度開示への要請への対応が中心に位置づけられていたと考えます。標準化された開示ルールへの対応を行う段階を、「人的資本 2.0」と呼びます。本来の目的に立ち返ると、今後は自社としての人的資本への投資を通じた価値創造ストーリーを具体化し、その推進に向けて各種基盤を整備していくことが期待されます。こうした「各社独自の戦略の構築と発信」を目指す段階を、前述の2.0と区別して、「人的資本3.0」と呼ぶことにします。

 

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人的資本3.0の実践のために求められること

人的資本3.0の実践に向けて、何が求められるのでしょうか。まず、社内外に通用する人的資本戦略、すなわち、人的資本への投資を通じた価値創造ストーリーの策定です。今後、経営として、人的資本をどのようにとらえ、どのように優先順位をつけて取り組んでいくかを考えていこうとすると、指針となる戦略が重要となります。指針となる戦略を考えるうえでは、①人的資本への投資を通じて創出したい価値(アウトカム)の定義、②価値創出に向けて解決すべき課題と採るべき施策、③施策の効果測定と検証、の3点を押さえておくことがポイントになります。特に①は、人的資本ROI以外にも、アウトカムとして定義し得る事項があるため、自社の現状や経営方針に見合ったものを設定することが重要となります。指針が決まったら、それを実行するための施策に加え、継続的に施策の実行状況をモニタリングし、対策を講じていくための基盤、すなわち実行体制やインフラの整備が重要になります。人的資本強化の取り組みは、昨日・今日始まったものではなく、企業であればこれまで何かしら取り組んできたものであると思いますので、ぜひ、自社の良さを生かした戦略を策定し、発信していってもらえればと思います。
 

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プロフェッショナル

上林 俊介/Shunsuke Kambayashi

上林 俊介/Shunsuke Kambayashi

デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員

Human Capital Division  Organization Transformationユニット SIer、業務系コンサルティングファーム、組織・人事系コンサルティングファームを経て現職。DTCのM&A・再編人事サービスリーダー。 国内外の企業に対し、M&A・再編局面で、組織・人事の構想・戦略策定、計画立案、DD、取引実行、PMIまでをトータルに支援。 近年は、デジタル機能の強化・集約を目的とした組織再編の計画立案や、それを起点とした組織・人材変革、制度設計も手掛ける。 企業価値の向上に向けては、人的資本経営の実装や、人的投資の強化に向けたDD、人的投資戦略の立案なども総合的にサポートする。   関連サービス ・ヒューマンキャピタル(ナレッジ・サービス一覧はこちら)