Posted: 06 Sep. 2023 5 min. read

「パーパス」から「バリュー」へ ―次の30年を拓く企業経営

Lead the Way Forum-未来に誇れ セッションレポート

失われた30年から希望の30年へ― 地政学、気候変動、テクノロジーによる変化は加速し、企業価値の“モノサシ”も揺れ動く。世界的な、大いなる移行期(Great Transition)にある中で、日本企業の経営は今後どうあるべきか。「パーパス」に立脚した経営が必須である一方で、「パーパス」というキーワードにのみ着目し、本質的な経営改革に至っていない企業も依然多い。本質的な改革に向けて今着目すべきは、「バリュー」ではないか―

2023年、30周年を迎えたデロイト トーマツ コンサルティングが5日間にわたり開催したコミュニティ・カンファレンス「Lead the Way Forum-未来に誇れ」では、CSV経営、パーパス経営、イノベーション経営等の領域で長年Thought Leadershipを発揮し、実務経験も豊富な京都先端科学大学教授兼一橋ビジネススクール客員教授 名和 高司氏をお迎えし、モニター デロイト ジャパンリーダー 藤井 剛とディスカッションを行いました。モデレーターは、モニター デロイト パートナーの三室 彩亜が務めました。

これからの30年のために、これまでの30年を振り返る

藤井 剛(以下、藤井):このセッションでは名和 高司先生をお迎えし、これまでの30年、これからの30年という長期的な時間軸に基づいて、日本企業の経営について議論したいと思います。まずは過去30年を振り返った上で、今後の30年見据え何が重要であるかを議論する流れにできればと思います。
議論する上で押さえておきたいのはパーパス、そして本セッションのタイトルにもあるバリューです。ここで議論したいバリューとは、価値観という観点でのバリューでなく、本質的に価値を作っていくという観点です。

三室 彩亜(以下、三室):藤井さん、ありがとうございます。日本企業にとっては「失われた30年」といった言い方もありますが、なぜそうなってしまったのか、背景や根本的な原因についてお二人はどのように捉えていらっしゃいますか。

名和 高司氏(以下、名和氏):失われた30年、このままだと40年になってしまうとも言われていますが、私たちは何を失ったのでしょうか?ひと言でいうと、「日本らしさ」と言えます。私は舶来病、グローバルスタンダード病という表現を使ってきましたが、取り入れてばかりで「日本らしさ」を失ってしまった。そのことによってこれまでの自分たちの勝ちパターンのようなものが崩れてしまったと感じています。

[京都先端科学大学教授兼一橋ビジネススクール客員教授 名和 高司氏]

 

藤井:日本には「和魂洋才」という言葉がありますが、明治維新や戦後間もないころは、海外の良さと日本らしさをうまく調和して、この力を発揮していたのではないかと思います。しかし、この30年は、そのバランスが崩れて、日本らしさを失ってしまった。日本らしさとは、言い方を変えるならば「日本のパーパス」。つまりこれまでの30年は、パーパスなき30年とも言えるのではないでしょうか。

名和:バブルがはじけた後、拠り所を海外に求めていくような風潮はありました。藤井さんが仰っているように日本の強さは、ハイブリッドする力。言い換えると編集力と言えるでしょう。経済学者のヨーゼフ・シュンペーターはイノベーションについて「これまで組み合わせたことのない要素を組み合わせて新たな価値を創造する」=新結合と100年前から述べています。自分たちの良いところや「らしさ」と異質なものを掛け合わせ、イノベーションを起こす。これはまさに編集力で、日本が元気だった時の勝ちパターンなんですね。取り入れるだけでは、化学反応は起きません。これが、冒頭申し上げたような舶来病やグローバルスタンダード病と言えると思います。

藤井:日本は失われた30年といいながら、自虐的になりすぎているところもあると思います。米国企業と日本企業の時価総額を10年で比較してみると、確かに米国が上ですが、GAFAのようなビッグテックを除けば、日本企業が上回るというデータもあります。

一方で、なぜ日本にはこれほど閉塞感があるのでしょうか。人口減少など日本においてマクロな事象が起きていることも原因だと思います。こうした事象は個社で対応しきれません。自社に閉じた課題として考えずに、日本の課題として向き合いながら経営をしていくことが重要だと感じています。

名和氏:この30年で、伸びている日本企業もあります。世界のトップ企業を100社リストアップすると米国は確かに多いのですが、日本企業も10社程は入ってくる。失われた30年と関係ない企業もあるわけです。

藤井:大先輩の名和さんの横で申し上げるのもおこがしましいですが、経営コンサルタントの立場で申し上げると、海外のベストプラクティスを持ち込むだけのコンサルティングが横行してきた反省点はあります。コンサルティング業界は伸びていますが、日本の多くの市場は伸びていない。こうした「不都合な真実」を、私たちは全力で脱却しなくてはいけないと考えています。

(関連記事:オープニングキーノート「今後30年の未来を拓く~経営の捉え方・駆動させ方・創り出し方」

 

パーパスをスタートラインとし、どのようなバリュー=価値を生み出し、再投資してスケールさせていくか

三室:私たちコンサルタントの反省からはじまった対談ですが、続いてはこれからの30年について話題を移したいと思います。厳しい環境下だからこそ、パーパスを掲げて北極星にしようとする企業は多いと思います。一方、パーパスを掲げるだけではうまくいかないことも見えてきています。なぜうまくいかないのか、どうしたらうまくいくのか、お二人の見解をお聞かせ頂けますか。

 

藤井:先ほど申し上げた通り、過去30年はパーパスなき30年でした。和魂洋才力をもってしてパーパスを取り戻すのが基本シナリオですが、パーパス自体も舶来病になりかけているという印象もあります。パーパスを額に飾って終わり、ブランディングに活用して終わりといったケースも多い中、今こそその本質的な意味を考え直し、パーパスを起点に顧客価値を中心にそれぞれのステークホルダーに価値を創って届けていく時です。

外部環境はこれからさらに大きく変化するでしょう。ポスト資本主義やテクノロジー等、価値の基準も大きく揺らぐ時代です。こうした中で、しっかりとした軸をもって言語化し、様々なステークホルダーにユニークな価値、新しい価値を届ける、創り続けることが求められるのではないでしょうか。

名和氏:パーパスだけでは駄目だから、価値観という意味でのバリューを作って終わりという企業も多いと思います。しかし、価値創造の方程式がないままに進めても意味がありません。パーパスをスタートラインとし、どのようなバリュー=価値を生み出し、それによって得たものをどこに再投資していくのか。このダイナミズムがしっかりとビルトインされていなければ、中身のあるバリューとは言えません。

藤井:名和さんと私はちょうど10年ほど前、同時期にCSVの書籍を執筆したご縁があります。バリューの話は結局CSVに回帰していくと思います。当時日本企業の経営者の方からは、そんなことは昔からやっている「三方よし」の世界だというお言葉も頂きました。しかし、この点についてCSV提唱者のマイケル・ポーターが、日本企業は経済価値が足りていないのではと喝破しています。

CSVは社会価値と経済価値の両立ですが、社会価値のほうは、地球に対する価値、社会に対する価値、顧客に対する価値、従業員に対する価値・・など価値自体が多様化しています。こうした価値を創りながらいかに経済価値に落とし込み再投資をするのか。このサイクルをぶれずに創ることができるかが非常に重要になってくると思います。

名和氏:私はVC cubeというVCという言葉を使って、ポイントが3つあると言っています。1つめのVCはValue Creation。これは価値を創ること。日本企業も本来は得意な分野です。2つめのVCはValue Captureで、創った価値を利益に還元させていくこと。これが日本企業は苦手です。稼いだお金を懐に入れるのではなく、再投資させてスケールしていく必要があります。最後のVCがValue Communication。いろいろなステークホルダーとの共感を生むための仕組みです。これは社員だけでなくお客様、株主など幅広いステークホルダーとのエンゲージメントです。この3つのVCが揃わなければ、いくらきれい事を言っていても再現性がないし、スケールもしないでしょう。

藤井:私は以前「青黒い」という言葉をソーシャルセクターの方から教えてもらいました。「青臭さ」と「腹黒さ」を掛け合わせた造語です。本セッションの内容に合わせると青臭く世界観を語るパーパスと、それをしたたかに経済価値へとつないでいく腹黒さの両立の重要性ですね。

名和氏:青い話はみんな好きなんです。パーパスには青いことが書いてある。それをきれい事で終わらせてはいけません。このきれい事がしっかり報われ、再投資してスケールできるようにしていかなければならない。これからの30年は、そのメカニズムを真剣に考えなければならないと思います。

藤井:スマートシティに取り組まれていたある経営幹部の方が、日本企業はプロダクトを売り、成功している海外の企業は世界観を売っているとお話されていました。つまり青臭く語ること自体がビジネスになっている。これをしたたかにビジネスに結びつける力をもっと身につけていく必要がありますね。

名和氏:過去の30年とこれからの30年で企業にとって大きな違いの1つは、web3.0の時代になり、企業が必要ない時代になると言われていること。DAO(自律分散型組織)が進めば、一人ひとりが自立してしまう。企業がビックバンで砕け散ってしまう時代になるかもしれない。このような時代だからこそ、企業も自身を再編集していく必要があるでしょう。バラバラになってしまった後、必要なのは求心力。これまでのように遠心力ばかりを考えていても始まらないのです。

藤井:私たちデロイト トーマツ コンサルティングでは、第5の経営資源として「コミュニティ」を掲げています。背景は名和さんのおっしゃる通りで、企業と個人の繋がりが希薄化している時代に組織の枠に入ってもらうのではなく、共感する何かのもとに集う、協働するような仕組みが必要であろうということです。「コミュニティ」は経営として謳ってはいても、本当の意味で重要視されてこなかったものだと思いますが、ここから価値が生まれたり、求心力になったりしていくのではないかと考えています。

名和氏:DAOでビックバンした後、もう一度繋がっていくために、私はDACOと言ってます。DAOはDecentralized Autonomous Organizationですが、DACOはDecentralized Autonomous Connected Organization。ただ、ここでのコネクテッドはハードワイヤーでつながるわけではない。組織外の人までコネクトしていくために、マグネットになるのがパーパスなんです。ビッグバンのあと、星々が生まれ星座がもう一度できるようにするためにパーパスが必要です。

もう1つ大事なのはアルゴリズム。パーパスを軸に、どのようなバリュー=価値を生み出すのか。そのアルゴリズムを創り出さなければいけません。

藤井:先ほど名和さんがバリュークリエーションというお話をされましたが、欧米などはルール作りがとても巧みで、日本はルールで負けるとも言われます。しかし、ルールは国がいきなり創るのではなく、その前段としてコミュニティから創られることも多い。共通の世界観のもと、様々なキー・オピニオンリーダーと共にルールを作っていくことは、コミュニティが価値を創ることの一例といえるでしょう。

名和氏:おそらくコミュニティを旧来の考え方で捉えると、スマートシティなども含めた地理や物理的なつながりを想像するかもしれませんが、パーパスを基軸にバーチャルにいろんな人たちが集まってくることをコミュニティとするのであれば、自らのパーパスを高く掲げて、共感を生むことができるかどうかが非常に重要です。その点でいうと、私は藤井さんが以前からおっしゃっているブルーエコノミーに非常に注目しています。

藤井:ありがとうございます。今、グリーンエコノミーやグリーントランスフォーメーションなどグリーンについて多く言われていますが、日本は島国で海は世界とつながっていますから、海に関するルールを私たち日本人が作れば作るだけデファクトになりやすいのではないか。日本にはその実験場となり得る場所も、産業もあります。こうした共通の価値観からコミュニティができ、新しい産業を創っていけないかという活動をしています。

名和氏:昔の日本は海洋国家。鎖国前は外に出て日本的な価値を世界に伝えていました。和僑と呼ばれた彼らが、華僑や印僑と違うのはローカルに溶け込んで、地元と日本のハイブリッドになるということ。もともと日本人は外に飛び出す国民性なんです。そして得意の編集力をもって、日本の中だけではなく外にも発揮できるととても大きな価値を生み出せる地力があるのではないかと思います。

[モニター デロイト ジャパンリーダー 藤井 剛]

 

これからの30年に向けて経営者に求められる役割とは

三室:これからの30年について、日本社会やコミュニティ等たくさんのお話を伺うことができました。最後にこれからの30年に向けて、経営者の役割はどのように変わっていくのか、お二人のご意見を教えていただけますでしょうか。

名和氏:経営者は今までのようなカリスマ的なリーダーではなく、オーセンティックリーダーが求められるでしょう。オーセンティックというのはいわば「らしさ」です。自分の思いを高らかに掲げて共感をもってもらうのがリーダーの役割。世の中の当たり前のことを掲げても共感は生まれません。それなりに尖ったものを掲げ、仲間を作る。社内だけでなく、社内外のコミュニティやDAOの中で共感を生み出し、パーパスというマグネットとアルゴリズムで価値を創り出す。これが経営者の重要な役割になるでしょう。

藤井:最近は、リベラル・アーツに注目が集まったり、人事経験の無い方がCHROを担うなど、社会が大きくシフトしていくタイミングで、ますます統合的に経営を考えることが求められるでしょう。その中では、一人だけの経営者ではなく、経営チームが大事になる。そのためには経営者にとってのチームビルディングがより重要になっていくのではと考えています。

名和氏:その通りですね。経営はチームで行う、つまりCxO的な人たちで役割分担をしていくようになる。中にはCHROの例のようにその道のプロではない人もいるでしょう。これらをどうブリッジさせていくか。これがうまくできたら、経営者個人にとっても、会社にとっても大きな成長につながるでしょう。

藤井:経営者の役割が変わると共に、経営コンサルタントの役割も変わってくると思います。冒頭申し上げた「不都合な真実」に私たち自身も真正面から向き合い、変えていきます。変わるために2つのことを大事にしていきたいと考えています。一つ目はグローバルスタンダードを過度に押しつけないこと。私たちデロイトはグローバルネットワークでありながら日本のオートノミーが効くユニークな経営をしています。このため世界動向と日本を組み合わせて考え、日本の社会課題を解いていくスタンスをとっていきたいと思っています。

二つ目は実践知。デロイト トーマツ コンサルティングも5000人を超えるメンバーになって、一定の企業の体をなしています。パーパスからバリューへという提案をするだけではなく、自らも体現し、そこで得た実践知やアルゴリズムをクライアントに共有し、共創していくことです。

名和氏:私は「コンサルタントの時代は終わった」とよく言いますが、今までのような偉そうなコンサルタントや、方法論を押し付けるだけのコンサルタントはいらないということを言っています。一方、伴走してくれるようなコーチやパートナーのような存在のコンサルタントはこれからも必要です。日本だけに閉じていないのがデロイトのいいところ。グローバルへの案内役をしながら、それを押しつけずに伴走しその会社らしい成長を共に目指していく。難しいけれど、それが実現できるコンサルタントが生まれるべきでしょう。

三室:最後にお二人から企業のリーダーの皆さまへメッセージをお願いします。

名和氏:私がパーパスの本を出版して3年が経ち、大分定着したと感じています。そろそろ中身の話をしましょう。パーパスを掲げるのはまず大前提。中身作り、それがバリューです。それを実現するためにはアルゴリズム=仕組み化をしていかないといけない。日本は元々「守破離」という型を守って、型を破るというイノベーションに必要なお作法を古風だけど持っています。コンサルタントも経営のチームも型を作って破っていくということを取り戻してほしいと思います。

藤井:これからの30年を、希望の30年にしていきたいと思います。あらためて日本らしさや、日本のパーパスを追求していくことが大事だと思っています。人口減少などマクロには日本特有のチャレンジがありますが、企業の経営層の方々には自社の発展と共に、日本の課題もセットで考えていただきたいですし、そこに青黒さのような「したたかさ」も加えながら価値をつくっていくことで希望の30年につながるのではないかと思います。私たちコンサルタントも希望の30年に向けて、真の意味で伴走していきたいと考えています。

―貴重なお話をありがとうございました。

 

 三室 彩亜/Saia Mimuro

三室 彩亜/Saia Mimuro

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 執行役員

メガトレンドを起点としたビジョンや中長期戦略の策定、事業計画、新規事業等の立案、リスクマネジメント等を担う 未来洞察だけに終わらず、それを組織に根付かせる活動として、インテリジェンス機能の設計や、経営層の視座づくり、若手リーダー候補の育成等にも広げている。 関連サービス モニター デロイト(ストラテジー) >> オンラインフォームよりお問い合わせ