Posted: 26 Oct. 2020 3 min. read

第7回 三つの目的のうちのひとつ「相談」に関する運用実態

連載:内部通報制度の有効性を高めるために

本連載の第2回では内部通報制度の設置目的を「抑止(発見)」、「免責」、「相談」に分類しました。今回はこの三つの目的の中で、日本企業の多くが自組織の内部通報制度に設定している“相談:組織風土を良好に維持するために、従業員の不平や不満、困りごとに耳を傾け働きやすくすること”について議論を進めます。

ガイドラインの記載

消費者庁が公開している内部通報制度の民間事業者向けガイドライン[1]には以下のような記載があります。


Ⅱ.1. (4)安心して通報ができる環境の整備

~略~

(環境整備)
経営上のリスクに係る情報が、可能な限り早期にかつ幅広く寄せられるようにするため、通報窓口の運用に当たっては、敷居が低く、利用しやすい環境を整備することが必要である。

~略~


ガイドラインに記載の“敷居が低く、利用しやすい環境の整備”が示す響きを“従業員の不平や不満、困りごとにも耳を傾ける内部通報制度”に重ね合わせて、ガイドラインが示す理念に沿って制度を整備・運用しようとするからか、日本企業の多くが「相談」を内部通報制度の目的に設定することが多いようです。

しかし、この「敷居が低く、利用しやすい」は「従業員の不平や不満、困りごとにも耳を傾ける」と同値ではないと思います。消費者庁ガイドラインの正式名称は「公益通報者保護法を踏まえた内部通報制度の整備・運用に関する民間事業者向けガイドライン」であり、見定めている対象は「公益通報」です。公益通報の対象は政令で指定された470の法令違反に関するものであり、従業員の不平・不満は一義的には埒外のはずです。ガイドラインが示す、”敷居が低く”は確証をつかんだ違反の厳然たる事実だけではなく、違反ではないか(大丈夫か)といった質問のような通報にも誠実に対応することを指しており、“利用しやすい環境”とは通報行為自体に非合理的な制約条件などを付加して通報受信を回避するかのような姿勢を示すべきではない、という趣旨を述べているのではないでしょうか。いわば、通報対象の範囲拡大(横の広がり)を促そうするものではなく、通報内容の信憑性の高低の伸長(縦の深み)を促していると解釈するのが自然だと思います。


デロイトトーマツの調査より

本連載の第1回でお話ししたとおり、デロイト トーマツ リスクサービス株式会社は日本企業の内部通報制度に関するアンケート調査[2]を年次で実施しています。その2019年度調査において、直近1年で国内および海外の窓口に「組織不正の告発」の受信実績がない企業は、それぞれ66.1%、59.3%にも達しています。組織不正の告発が全体比率で1割未満の企業は国内、海外それぞれで14.7%、9.3%となっていますので、それぞれを足しわせると、国内約80%、海外約70%の窓口で組織不正に関する通報が無いか、あっても1割未満ということになります。つまり、ほとんどの日本企業は自組織の内部通報制度において「組織不正の告発」ではなく従業員の「不満の表明」を受け付けている、ということがよくわかります。


消費者庁の調査より

また、消費者庁の調査[3]「平成 28 年度民間事業者における内部通報制度の実態調査 報告書」にも、通報の内容別受信比率を問うデロイト調査に類似した設問があります。そこでも通報の内容の多くは組織不正の告発ではなく、「職場環境を害する行為(パワハラ、セクハラなど)」が55.0%、不正とまではいかない悩みなどの相談(人間関係など)28.3%となっており、組織内部のある要員が起こした行動に対する不満、もしくはその行動自体を指弾するものであり、調査実施時期に数年の差はあるもののデロイトの調査結果と符合しています。


内部通報制度担当部門の悩み

前述のとおり、筆者は内部通報の外部窓口サービスを日本企業に提供しているため、日本を含めた世界各国から受信する内部通報に日常的に目をとおし、それを多くの日本企業の本社に中継しています。それらの内部通報の多くは、大胆に要約すると「無能で有害な上司Aを本社の力で懲らしめてほしい」というものです。稀に管理職層の不正を告発する通報を受信するものの、通報者が通報に踏み切った要因は、純粋に「不正の告発」ではなく「被通報者による通報者への冷遇」であるケースの方が多くなっています。その実体験と前述のデロイトおよび消費者庁によるアンケート調査の結果はほぼ一致しており、さらに、前述の消費者庁調査の別設問では、それが単なる通報の内容別受信比率の違いという現象となって表われるにとどまらず、多くの日本企業の内部通報制度担当部門の35%超が訴える悩み「通報というより不満や悩みの窓口となっている」につながっているということがうかがえます。

 

[1] 消費者庁 公益通報者保護法を踏まえた内部通報制度の整備・運用に関する民間事業者向けガイドラインhttps://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/whisleblower_protection_system/overview/pdf/overview_190628_0004.pdf(PDF,230KB、外部サイト)

[2] デロイトトーマツリスクサービス株式会社 内部通報制度の整備状況に関する調査2019年版
https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/about-deloitte/articles/news-releases/nr20200217.html

[3] 消費者庁 平成 28 年度民間事業者における内部通報制度の実態調査 報告書https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/whisleblower_protection_system/research/pdf/research_190909_0002.pdf(PDF,2.11MB、外部サイト)


次回は、日本企業の内部通報制度が抱える課題についてお話しします。

関連するリンク

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執筆者

亀井 将博/Masahiro Kamei
デロイト トーマツ リスクアドバイザリー株式会社

内部通報制度関連業務およびソーシャルメディアコンサルタント業務に従事。
ISO/TC309 37002(Whistleblowing)日本代表兼国内委員会委員、元内閣府消費者委員会公益通報者保護専門調査会委員。
金融機関、自動車関連、製造業、製薬業、保険業、食品製造業、サービス業など業種業態規模を問わず内部通報の外部窓口サービスの提供、および内部通報制度構築を支援。
その他、リスクマネジメント体制構築支援、J-SOX関連業務支援、内部監査業務支援、事業継続計画(BCP)策定などを経験。
外部セミナー、インハウスセミナー講師を始め内部通法制度に関する寄稿記事の執筆多数。

 

和田 皇輝/Koki Wada
デロイト トーマツ リスクアドバイザリー株式会社

J-SOX関連業務支援、内部監査業務支援、事業継続計画(BCP)策定などを経験。
2010年より内部通報制度関連業務およびソーシャルメディアコンサルタント業務に従事。
金融機関、自動車関連、建設業、製造業、製薬業、保険業、食品製造業、サービス業、ITなど業種業態規模を問わず企業の対応を支援。
現在インハウスセミナー講師を始め内部通法制度構築助言や通報対応業務、ソーシャルメディア関連助言業務を担当。

 

※所属などの情報は執筆当時のものです。