Posted: 10 Nov. 2020 3 min. read

第12回 内部通報制度に対する暗黙の仮説の棄却~その2

連載:内部通報制度の有効性を高めるために

前回第11回では、日本企業の内部通制度に設定されている暗黙の仮説A,Bをそれぞれ「通報受信数と不正の告発に相関はない」、「不満の表明を内部通報制度で受信すべきではない」として棄却しました。今回は仮説C,Dの棄却についてお話しします。


仮説Cの棄却:通報の受信件数を増やしても結局免責されない

仮説C「いざ不祥事が発生した場合に内部通報制度の有効性に外部からの疑義を生じさせないように、免責のための受信件数を一定数確保したほうがよい。」は、近年の企業の不祥事対応と紐づけてお話しします。

発生した不祥事が大規模であると、第三者委員会が設置され不祥事の原因と被害の拡大要因が追究されることが多くなりました。そして昨今の第三者委員会報告書では、ほとんどのケースで内部通報制度が検証の対象となっています。確かに通報受信件数が0件に近いと「内部通報制度の規程と体制は定義されているが形骸化している」という論旨の評価を受けるため、それを避けたくなる気持ちは理解できます。

しかし、たとえ通報受信数が平均並みあるいはそれ以上であったとしても、その評価はおおむね「内部通報制度は不満を受信しているだけで不正の告発が皆無であり機能していない」といったものになっています。結局免責のために役立つケースとは、その不正事案がたまたま通報されていた場合であって、かつその後の対処が有効に機能した場合のみということになるのでしょう。もしそうであれば、そもそも第三者委員会が組成されるほどの不祥事には発展しなかったはずです。

よって、この仮説C「いざ不祥事が発生した場合に内部通報制度の有効性に外部からの疑義を生じさせないように、免責のための受信件数を一定数確保したほうがよい。」は、前提に矛盾もはらんでおり、有効性にも乏しいため棄却せざるを得ません。


仮説Dの棄却:内部通報制度を不正検知の切り札にしてはいけない

四つ目の仮説D「内部通報制度は不正検知の主要機能となるべきである。」は、不正の検知のプロセスを検知する仕組みについて考察することで確かめていきます。

筆者は不正の検知には以下の4つのプロセスが必要と考えています。

  1. 不正やリスクを自覚する当事者の知見」:不正を検知するためにまず期待すべきは、現場の当事者自身が不正行為とは何かを知り自制することです。
  2. フラットな組織風土」:次に、1で現場の当事者が不正行為であるか否かの判断をくだすことができないときに、身近な上司や同僚に相談できるといった環境が必要となります。つまり抑圧的でなく互いの知見を共有しあうことができる組織風土の尊重です。
  3. 組織側からの能動的な兆候把握」:さらに、1および2を通過してしまった不正に対しては、管理部門からのアンケート調査等で、思い起こす、振り返るといったきっかけを与えることが重要となります。
  4. 不正やリスクを客観的に指摘する環境」:これら三つの施策を通じても顕在化しない不正の種は、ついには内部監査等の客観的な目で発見され、規模が大きくなる前に食い止められなくてはなりません。当事者にとっては耳の痛い適正な重箱の隅つつきは、とても重要な組織の機能です。

こういった4プロセスを不幸にしてすり抜けてしまった場合のバックアップが内部通報制度であると考えるべきです。

そもそも、上4プロセスを信頼することができない従業員が、なぜか内部通報制度だけは信じて不正を告発するということに期待できるでしょうか。4プロセスを充実させてこその内部通報制度でしょう。仮に4プロセスは信じられないが、内部通報制度のみはなぜか信頼されている、という状態があるとすれば、上4プロセスで検知すべき不正行為のほとんどが潜在して、それらがすべて内部通報制度で吸収されることとなり、通報数過多で機能不全に陥る可能性が高まってしまいます。いずれにしても内部通報制度を不正検知の主要機能にすることには無理があります。

本連載の第10回で紹介した「不正事案が発生し、それを内部通報制度で検知できなかったために管掌役員から叱責を受けている。」という内部通報制度担当部門の担当者からの相談について、不正にはどのようにして気づいたのか、と掘り下げて聞いてみたことがあります。すると、不正行為の実行部門の自白から明るみに出た、というご回答でした。そこで筆者はこのように助言しました。「私の知る限り、不正行為を内部通報制度で検知しなければならないという主旨の規則はありません。また、それは内部通報制度に通報されて発覚するよりもはるかに良いことであって、管掌役員には褒めていただかなければならないことですよ。」

内部通報制度による不正の検知はほぼ事が起こった後であり、極端な言い方をすれば“手遅れ”です。上述の内部通報制度に至る以前の4プロセスで、できるかぎり起きる前に不正を検知できるように体制を整えることが重要であり、内部通報制度を切り札にすべきではありません。

 

次回は、内部通報制度の有効性を高める方策ついてお話しします。

関連するリンク

デロイト トーマツ リスクサービスでは、グローバルホットライン(内部通報中継サービス)をご提供しています。

従業員、家族、取引先などからの内部通報を適切にお客様企業の担当部門へ中継し、お客様の回答を通報者へ伝達します。

本稿に関するお問い合わせ

本連載記事に関するお問合せは、以下のお問合せよりご連絡ください。

お問い合わせ

執筆者

亀井 将博/Masahiro Kamei
デロイト トーマツ リスクアドバイザリー株式会社

内部通報制度関連業務およびソーシャルメディアコンサルタント業務に従事。
ISO/TC309 37002(Whistleblowing)日本代表兼国内委員会委員、元内閣府消費者委員会公益通報者保護専門調査会委員。
金融機関、自動車関連、製造業、製薬業、保険業、食品製造業、サービス業など業種業態規模を問わず内部通報の外部窓口サービスの提供、および内部通報制度構築を支援。
その他、リスクマネジメント体制構築支援、J-SOX関連業務支援、内部監査業務支援、事業継続計画(BCP)策定などを経験。
外部セミナー、インハウスセミナー講師を始め内部通法制度に関する寄稿記事の執筆多数。

 

和田 皇輝/Koki Wada
デロイト トーマツ リスクアドバイザリー株式会社

J-SOX関連業務支援、内部監査業務支援、事業継続計画(BCP)策定などを経験。
2010年より内部通報制度関連業務およびソーシャルメディアコンサルタント業務に従事。
金融機関、自動車関連、建設業、製造業、製薬業、保険業、食品製造業、サービス業、ITなど業種業態規模を問わず企業の対応を支援。
現在インハウスセミナー講師を始め内部通法制度構築助言や通報対応業務、ソーシャルメディア関連助言業務を担当。

 

※所属などの情報は執筆当時のものです。