Posted: 25 Nov. 2020 3 min. read

第15回 内部通報制度の目的およびKPIの設定

連載:内部通報制度の有効性を高めるために

前回までで、内部通報制度に設定された暗黙の仮説の棄却とそれを踏まえた内部通報制度の有効性を高める方法について考察してきました。今回はそれらの論旨を踏まえ、内部通報制度の目的やKPIの設定についてお話しします。


内部通報制度の目的設定

筆者が考える合理的な内部通報制度に対する目的設定のイメージが図表14です。

不正リスクをコントロールする内部統制の用語として「予防統制」と「発見統制」があります。それぞれ、リスクが発現しないように予防する対策と、発現してしまったときにできるかぎり早く発見する対策を指す言葉ですが、そこにもうひとつ「抑止統制」という概念を加えたいと思います。抑止統制を、不正行為の主体者に不正行為の実行を思いとどまらせるような対策、と定義するならば、内部通報制度は、「発見統制」ではなく「抑止統制」の代表的な例となるべきでしょう。

 

図表14:内部通報制度の主目的を“抑止”と割り切る。

※画像をクリックすると拡大表示します

 

内部通報制度のKPI設定

内部通報制度のKPIに受信件数を設定している企業は多いようです。しかし筆者はそれに反対します。ES(Employee Satisfactionの仕組み)のKPIに不満の表明の受信件数を設定することには賛成します。しかし、内部通報制度のKPIに通報受信件数を設定することはできないはずです。第8回で年間通報数ランキングを掲載するビジネス誌について触れましたが、そのランキングの上位企業の大半は不満の表明を合算したものでしょう。もしどうしても内部通報制度に受信件数のKPIを設定したいのなら、受信件数0件を目標数値に置くしかないと考えます。内部通報の目標受信件数が0件でないといということは、第12回で示した不正検知のための4プロセスの瑕疵を放置した証左ということであり、つきつめて言えば、組織が不正の発生に期待している証左とも考えられるため、矛盾を起こしてしまいます。

KPIとして適切と考えられる例は、「不利益取り扱い発生件数0件」、アンケートによる「内部通報制度の認知率X%以上」、「“内部通報制度は使わない”の回答率X%以下」などが考えられます。


なんでも受け付ける内部通報制度とする場合

第13回の図表12で示したような、不正の告発受信と不満の表明受信の制度を明確に分離して、内部通報制度は不正の抑止を目的に再設計すべき、という考え方は単にひとつのアイディアに過ぎません。不満の表明もすべて受け付けて対応する内部通報制度を整備し運用する方法も選択肢の一つでしょう。

しかし、第11回の「仮説Bの棄却:不満の表明を内部通報制度で受信すべきではない」でもお話ししたとおり、どのような組織であっても要員の不満は一定数発生するものと考えるべきでしょう。そのような要員数に比例して発生する多様で多数の不満を受信し、受信するだけなく適切に対応する体制を整備・運用しなくてなりません。少なくとも多言語、多チャネル、多種コアスキル要員の体制整備が必要となり相応のコストが発生するでしょう。

輝かしい実績を収めた経営者の言葉として「選択と集中」を耳にすることがあります。組織の経営者が、もし「相談にも対応する内部通報制度を構築する」という選択をしたのであれば、そこに資源を集中させなくてはなりません。あるときには「件数が少ない」と指摘しつつ、別の場面で「コストを削減せよ」では、有効に機能する内部通報制度を構築することの苦労を部下に押し付けているだけになってしまいます。

 

次回は、グローバル内部通報制度についてお話しします。

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執筆者

亀井 将博/Masahiro Kamei
デロイト トーマツ リスクアドバイザリー株式会社

内部通報制度関連業務およびソーシャルメディアコンサルタント業務に従事。
ISO/TC309 37002(Whistleblowing)日本代表兼国内委員会委員、元内閣府消費者委員会公益通報者保護専門調査会委員。
金融機関、自動車関連、製造業、製薬業、保険業、食品製造業、サービス業など業種業態規模を問わず内部通報の外部窓口サービスの提供、および内部通報制度構築を支援。
その他、リスクマネジメント体制構築支援、J-SOX関連業務支援、内部監査業務支援、事業継続計画(BCP)策定などを経験。
外部セミナー、インハウスセミナー講師を始め内部通法制度に関する寄稿記事の執筆多数。

 

和田 皇輝/Koki Wada
デロイト トーマツ リスクアドバイザリー株式会社

J-SOX関連業務支援、内部監査業務支援、事業継続計画(BCP)策定などを経験。
2010年より内部通報制度関連業務およびソーシャルメディアコンサルタント業務に従事。
金融機関、自動車関連、建設業、製造業、製薬業、保険業、食品製造業、サービス業、ITなど業種業態規模を問わず企業の対応を支援。
現在インハウスセミナー講師を始め内部通法制度構築助言や通報対応業務、ソーシャルメディア関連助言業務を担当。

 

※所属などの情報は執筆当時のものです。