Posted: 02 Nov. 2020 3 min. read

第10回 内部通報制度に対する暗黙の仮説

連載:内部通報制度の有効性を高めるために

第8回、第9回で日本企業の内部通制度が抱える課題を3点に整理して提示しました。今回はその課題を生じさせる実状と、日本企業の内部通報制度に暗黙のうちに設定されている仮説についてお話ししたいと思います。


三つの課題を生じさせる日本企業の実状

三つの課題のそれぞれと筆者が推定する日本企業の実状を併記します。


課題①:日本企業は国内・海外ともに、従業員からの不満の表明の受信件数を増やしていくのか

実状①:グループ全体のガバナンス強化が必要となり、国内の”敷居を低くして一定の通報数を集める内部通報制度”を海外にも敷設しようとしている


課題②:エスカレーションの透明性は高まり、コンプライアンス部門が担当部署となる、歓迎すべき傾向だが、通報受信件数が漸増しその殆どが不満の表明という実態に対して機能するのか

実状②:海外進出の拡大に伴い、内部通報制度の担当部門をそれまでの総務・人事系部門からコンプライアンス部門に変更し、全件要職者に共有することによって、透明性の高い内部通報制度を目指している


課題③:客観性に疑問のある窓口、社外役員等に共有されない通報対応、リニエンシー(減免)・報奨のない内部通報制度に重篤な通報をする通報者はいるのか

実状③:受信している通報のほとんどが労務問題で顧問弁護士にそのまま対応を相談する方が実務的であり、リニエンシーや報奨制度の検討を要する事案の受信実績がほとんどない


これらの実状から生じた課題の根源には、内部通報制度に意識することなく設定されてしまっている暗黙の仮設があると考えます。


内部通報制度に設定された暗黙の仮説

仮説A:通報には一定の割合で不正の告発が混在するため、通報受信数を増やせば不正をより多く検知できる。

仮説B:不満の表明も組織風土を改善するためのヒントとして有益であるため内部通報制度で受信すべきである。

仮説C:いざ不祥事が発生した場合に内部通報制度の有効性に外部からの疑義を生じさせないように、免責のための受信件数を一定数確保したほうがよい。

仮説D:内部通報制度は不正検知の主要機能となるべきである。


筆者は、これらA,B,C,Dの4つの仮説に対して、企業の実務担当者から「このような仮説にとらわれた考えはない」と否定する意見を聞いたことがありません。暗黙のうちにこういった仮説を前提として内部通報制度を整備・運用している、というご意見が大多数でした。また、企業の実務担当者から、この仮説を前提としているものと推察される、次のようなご相談を複数回受けてもいます。

  • 社外取締役から「当社の通報数は弊社の通報受信数と比較して少ない、もっと受信があって然るべきだ」と指摘を受けた

これは仮説A、B、Cに基づく意見提示と思われます。

  • 不正事案が発生し、それを内部通報制度で検知できなかったために管掌役員から叱責された

これは、本連載第1回で触れたとおり、内部通報によって不祥事が明るみに出るといった報道が一定頻度で発生するようになったため、一部の経営者や有識者の間で仮説Dに基づく認識が定着したためではないかと思われます。

筆者もこの仮説A、B、C、Dを漠然と正しいものと信じていました。しかし、様々な内部通報中継経験や内部通報担当部門の方々および有識者の方々との意見交換を重ねる過程で、これらの仮説はことごとく棄却されなければならない、と徐々に考えを改めるようになりました。

 

次回は、この暗黙の四つの仮説はすべて棄却されるべきである、ということについてお話しします。
 

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執筆者

亀井 将博/Masahiro Kamei
デロイト トーマツ リスクアドバイザリー株式会社

内部通報制度関連業務およびソーシャルメディアコンサルタント業務に従事。
ISO/TC309 37002(Whistleblowing)日本代表兼国内委員会委員、元内閣府消費者委員会公益通報者保護専門調査会委員。
金融機関、自動車関連、製造業、製薬業、保険業、食品製造業、サービス業など業種業態規模を問わず内部通報の外部窓口サービスの提供、および内部通報制度構築を支援。
その他、リスクマネジメント体制構築支援、J-SOX関連業務支援、内部監査業務支援、事業継続計画(BCP)策定などを経験。
外部セミナー、インハウスセミナー講師を始め内部通法制度に関する寄稿記事の執筆多数。

 

和田 皇輝/Koki Wada
デロイト トーマツ リスクアドバイザリー株式会社

J-SOX関連業務支援、内部監査業務支援、事業継続計画(BCP)策定などを経験。
2010年より内部通報制度関連業務およびソーシャルメディアコンサルタント業務に従事。
金融機関、自動車関連、建設業、製造業、製薬業、保険業、食品製造業、サービス業、ITなど業種業態規模を問わず企業の対応を支援。
現在インハウスセミナー講師を始め内部通法制度構築助言や通報対応業務、ソーシャルメディア関連助言業務を担当。

 

※所属などの情報は執筆当時のものです。