Posted: 14 Oct. 2020 3 min. read

第3回 公益通報者保護法の改正

連載:内部通報制度の有効性を高めるために

第2回は、内部通報制度はその設置目的によって運用負荷(コスト)が大きく異なってくる、というお話をしました。今回は日本の公益通報者保護法の改正とその注意点について議論を進めます。

改正公益通報者保護法の注意点(担当者個人への刑事罰の可能性)

日本では2006年から公益通報者保護法が施行されており、2020年6月に改正を受け公布から2年以内に施行されることとなりました。改正の主要な理由は通報者保護の強化です。なぜ強化が必要になったかというと、公益通報者保護法の施行以後でも、不正行為を通報した通報者が解雇や取引停止等の報復を受けるという事案が複数発生してしまったためです。筆者はこの改正案が作成される過程の公益通報者保護専門調査会に参画した委員の一名でした。筆者がまとめた2020年改正での変更点の概要[1]は以下のとおりです

  • 組織に体制整備の義務はない     → 300名超規模の組織に体制整備を義務化
  • 違反しても罰則はない        → 組織に対しては企業名公表等の行政罰
                      → 担当者の守秘義務違反には刑事罰
  • 行政通報に真実相当性を求める    → 氏名等の必要事項を申告すれば通報可能
  • 報道機関への通報に制約あり     → 報道機関への通報の制約緩和
  • 行政機関の体制整備の記載なし    → 行政機関に体制整備を義務付け
  • 退職者や役員は保護の非対象     → 退職者や役員も保護対象
  • 対象通報は刑事罰の対象事案のみ → 対象通報に行政罰の対象事案も追加
  • 組織は通報者に損害倍書請求可能 → 通報者への損害賠償請求は不可能

公益のために勇気を出して通報した通報者が不利益な取扱を受けてしまえば、もし不正行為に気づいたとしても見て見ぬふりをする方が得だ、ということになってしまいます。そういった不条理が起きることを防いでいくという意味で、2020年改正で通報者の保護がより強化される点には賛成です。

日本企業はこの改正によって自組織の内部通報制度を見つめなおさなければいけなくなるでしょう。典型例が「担当者の守秘義務違反には刑事罰」の項目で、多くの日本企業が内部通報制度で受け付けている以下の「相談」が問題となりそうです。

  • 相談:組織風土を良好に維持するために、従業員の不平や不満、困りごとに耳を傾け働きやすくすること

筆者は内部通報の外部窓口サービスを企業に提供する事業者でもあります。そのため国内外から定常的に受信する様々な組織の内部通報に目を通しています。それらの通報の多くは“相談”です。そしてその相談の中でも多数を占めるのが、上司や同僚との人間関係の悪化に起因するハラスメント被害を主張する通報です。この通報者自身の被害軽減を主張するタイプの通報は、被通報者(通報で不正行為の主体者であると主張されている人物)による通報者の類推が可能であるケースがほとんどです。通報者が匿名を希望していたとしても、事案の全容を明らかにしようと内部通報制度の担当者が頑張れば頑張るほど、被通報者にとっては通報者の特定が容易になっていく、というジレンマが発生します。

通報者が、もし「自分を特定する情報を内部通報制度の担当者が漏洩させた」と疑った場合は、その担当者個人を刑事告発することや民事訴訟の対象として提訴するようなケースが生じるのではないでしょうか。企業の内部通報制度の担当者は多くの場合は兼務、そして特別な手当などをもらっていません。担務をまじめに遂行しているにも関わらず、企業ではなく自分自身が刑事罰を受ける可能性もある、ということになれば、内部通報制度の担当者はリスクが発現したときの悪影響に比してメリットが感じられない職務ということになってしまいます。

対策の一例として、通報者が自分自身の被害軽減を主張するタイプの通報に対しては、匿名通報を許可しない、といった内部通報制度の設計変更が考えられます。あらかじめ会社がルールとして通報者の氏名開示を設定しておけば、通報者が担当者個人を守秘義務違反に問うことは難しくなります。当然ですが、通報者に不利益取扱を行わないという大前提は何も変わりません。匿名通報は、通報者への不利益取扱を防止するための手段のうちで、ある特定の条件がそろったときに有効性が高まる一つの手法に過ぎません。匿名通報であろうが実名通報であろうが、通報者に不利益取扱が及ばないということが内部通報制度にとって極めて重要な大前提ということは何も変わりません。
 

[1] 消費者庁 公益通報者保護法の一部を改正する法律 概要https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/whisleblower_protection_system/overview/assets/overview_200615_0001.pdf(PDF,312KB、外部サイト)


次回は、引き続き改正公益通報者保護法および海外の法規制についてお話しします。

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執筆者

亀井 将博/Masahiro Kamei
デロイト トーマツ リスクアドバイザリー株式会社

内部通報制度関連業務およびソーシャルメディアコンサルタント業務に従事。
ISO/TC309 37002(Whistleblowing)日本代表兼国内委員会委員、元内閣府消費者委員会公益通報者保護専門調査会委員。
金融機関、自動車関連、製造業、製薬業、保険業、食品製造業、サービス業など業種業態規模を問わず内部通報の外部窓口サービスの提供、および内部通報制度構築を支援。
その他、リスクマネジメント体制構築支援、J-SOX関連業務支援、内部監査業務支援、事業継続計画(BCP)策定などを経験。
外部セミナー、インハウスセミナー講師を始め内部通法制度に関する寄稿記事の執筆多数。

 

和田 皇輝/Koki Wada
デロイト トーマツ リスクアドバイザリー株式会社

J-SOX関連業務支援、内部監査業務支援、事業継続計画(BCP)策定などを経験。
2010年より内部通報制度関連業務およびソーシャルメディアコンサルタント業務に従事。
金融機関、自動車関連、建設業、製造業、製薬業、保険業、食品製造業、サービス業、ITなど業種業態規模を問わず企業の対応を支援。
現在インハウスセミナー講師を始め内部通法制度構築助言や通報対応業務、ソーシャルメディア関連助言業務を担当。

 

※所属などの情報は執筆当時のものです。