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M&A会計の解説 第3回

取得の会計処理(2)-取得原価の算定と取得原価の配分

12回にわたり「M&A会計の解説」と題して、M&A会計のポイントをQ&A形式で簡潔に解説します。第3回は前回に続き、取得の会計処理について、特に取得原価の算定と取得原価の配分について解説します。

取得の会計処理-取得原価の算定と取得原価の配分の決定について、Q&A形式でまとめました。

パーチェス法の会計処理-のれん(負ののれん)の発生

Q: 取得の会計処理であるパーチェス法とはどのような会計処理なのですか。

A(会計士): 大まかにいって「取得原価の算定」と「取得原価の配分」の2つの手続からなります。「取得原価の算定」は、会社をいくらで買ったのか(投資額の計算)、「取得原価の配分」は、その会社からいくらの財産(資産・負債)を受け入れたのかを計算します。そして、その投資額と受入財産との差額でのれん(又は負ののれん)が計算されます。したがって、のれんは個々の資産・負債の価値の純額を上回ってもなお投資する価値があると買収側が考えている額といえ、超過収益力がその源泉と言われています。

【図表】合併の場合(対価:株式)のパーチェス法のイメージ

出所:デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

取得原価の算定-時価で計算

Q:「取得原価の算定」は時価で行うのですよね。

A(会計士):はい。買収の対価が現金であれば、時価も簿価も同じですから議論はありません。対価として株式が交付されたときは、企業結合日の株価で計算します。

Q:実務では買収後、買収された会社の業績が良かった場合、買収企業は追加で対価を支払う約束をしているケースもありますね。

A(会計士):それは「条件付取得対価」といって、例えば売上高や利益の目標水準を予め決めておき、目標が達成された場合には対価を追加で支払うという仕組みです。会計処理は追加で対価の支払いが確実となった時点で、その額を取得原価にプラスすることになりますので、結果的に、のれんの額が増えることになります。

 

段階取得-連結上は既保有株式の含み損益が実現

Q:ある会社を100%子会社化する前に、10%の株式を保有していた場合はどうなりますか。

A(会計士):実際の取引は、90%を追加取得して完全子会社にするわけですが、会計は買収時(支配獲得時)に100%まとめて買ったように処理します。そうすると10%部分がダブるので、それを売却したように処理します(段階取得損益(特別損益)の発生)。

Q:既保有株式の含み損益は買収時に損益計上される点には留意が必要ですね。でも買収時の取引対象ではない株式を売却処理するのは変な気もしますが。

A(会計士):会計は、「支配」という事実を重視していて、10%の投資と50%超の投資は同じ会社に対する株式であってもその経済的実質が違う、いわば別の銘柄のように考えているわけです。これは国際会計基準も同様の考え方です。

Q:段階取得損益(特別損益)が発生するのは連結財務諸表の会計処理ですよね。

A(会計士):はい。個別財務諸表の会計処理は、実際の取引のように既に保有していた10%分の簿価に追加取得した90%分の時価を加算するだけで、損益は生じません。


 

取得関連費用-会計基準の改正により連結上は発生時の費用処理

Q:会社の買収に当たっては、相手先の財務、税務、法務、ITなどさまざまな調査(デューディリジェンス)を行うため、財務アドバイザー等に報酬を支払いますね。

A(会計士):それらの費用は取得関連費用といって発生した事業年度の費用として処理します。平成25年の会計基準改正前まではこれらの費用は取得原価に加算することになっていました。

Q:これも連結財務諸表上の取扱いですね。

A(会計士):はい。個別財務諸表上はこれらの費用は、付随費用として子会社株式の取得原価に含めます。

 

取得原価の配分-個々の受け入れ資産・負債に時価を付す

Q:「取得原価の配分」では、受け入れた資産・負債をすべて時価評価するのですね。

A(会計士):はい。個々の資産・負債に独立第三者間の売買価格である時価を付けます。

Q:なぜ、買収された企業で付けられていた簿価で処理しないのですか。

A(会計士):お店で商品を買うとき、お客様は、値札(時価)に関心はありますが、お店の仕入価格(簿価)を気にする人はいません。企業買収も商品の購入と同じで、相手の簿価ではなく売り手と買い手が納得した価格である時価が大切なのです。したがって、極端な言い方をすれば、会計処理は相手の帳簿価額を一切見なくてもできるはずです。新規の投資として会計処理するわけですので。

Q:簿価の存在が前提となる退職給付債務の未認識数理計算上の差異やその他有価証券評価差額金を買収側が引き継がないのも同じ理屈ですね。

A(会計士):はい。買収された会社で買収前にのれんが計上されていた場合も同様です。計算の仕組み上、結果として買収時に新たに算定されるのれんの額の一部を構成することになります。

Q:会計が時価で処理しても税務が適格組織再編(非課税取引)であれば、それぞれの簿価に差が生じますね。

A(会計士):その場合には税効果会計を適用します。資産・負債の時価評価と同様、繰延税金資産・負債を計上すると、のれんの額が変動することになります(税金費用にはならない)。
それから退職給付債務は、退職給付会計基準に従って算定した額を負債計上するので、時価(すなわち売買価格)とは例外的に違う処理となります。買収後の決算では退職給付会計基準に従って負債計上する債務額を計算するので、買収時の計算方法もこの方法と整合させる必要があるためです。

Q:このほか時価評価について実務上はどのような項目が論点になりやすいのですか。

A(会計士):個々のケースや業種にもよりますが、時価評価の範囲、時価の算定方法などが論点となります。非上場株式、土地、開発型の企業ではソフトウェアや特許権など無形資産がポイントになります。時価の算定方法も少し難しくて、例えば買収される会社では特許権は特許の申請・登録に要した費用を簿価としていることが多いのですが、時価評価すると特許権の経済的価値となるので、買収企業の貸借対照表に計上される金額は大きくなることもあります。特許権の他にも、商標、顧客リスト、権利関係、仕掛中の研究開発など、時価評価の対象となる無形資産はいろいろあります。

Q:商標や顧客というと、「老舗ののれん」とか言うように「のれん」の一部になるようにも思いますが。

A(会計士):そうですね、「のれん」は一般的な言葉の使い方と会計上の意味は異なっていて、会計上は先ほどの【図表】のとおり、商標などを区別した後のあくまで「差額」として算定されます。

Q:無形資産をのれんと区別する目的はどこにあるのでしょう。

A(会計士):時価評価の手続はパーチェス・プライス・アロケーション(PPA)と呼ばれますが、PPAを行うことで、買収が何を目的としたものかを財務諸表の利用者にしっかり伝えることができます。

Q:無形資産も検討するとなると、PPAの手続は時間もかかりそうですね。

A(会計士):ルール上も時価評価額の確定まで企業結合日から1年の猶予が認められています(暫定的な会計処理)。

Q:そうはいっても、すべての資産・負債の時価を計算するのは大変ですよね。

A(会計士):時価と簿価とのかい離が重要でないと見込まれるものは、簿価を時価とみなす簡便法が認められています。「簿価」は会計ルールに従って算定されたものであることが前提です。

Q:重要性を考えるときに、何か留意する事項はありますか。

A(会計士):資産・負債の時価評価の結果は最終的にのれんの額に影響を与えることになります。詳細に算定した場合と比べ、損益計上のタイミングがどの程度違うのか、セグメントへの影響はどうか、などを総合的に考えることになると思います。

 

本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
M&A会計実務研究会 萩谷和睦 森山太郎

(2016.03.28)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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