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ナレッジ
新人病院経理課長の1年(第7話)
不正・内部統制
新人病院経理課長、等松太郎の視点を通じて、財務会計上のポイントや留意点をケーススタディの形で解説する「新人病院経理課長の1年」。第7話では不正と内部統制に焦点をあてて解説していきます。
新人病院経理課長の1年 (第7話) ストーリー
医事課一筋30年の大ベテラン田中課長が医療法人トーマスから去った。懲戒免職である。田中課長は患者未収金の回収を一手に引き受けていたが、実際は患者から回収していた未収金の一部を長期にわたって着服しており、その金額は数千万円にも上っていた。等松太郎が、患者未収金の管理に問題があるとして調査していた矢先、医事課職員の内部告発により発覚したのである。
「それで、等松君、いったいどのような手口で患者未収金を着服していたのかね。」臨時の経営会議の席上で医療法人トーマスの理事長は等松太郎に質問した。「はい。」
患者未収金の管理方法について調査していた関係で、今回の事件の調査を命じられた等松太郎は、手元の調査資料を読み上げて説明した。「今回の調査結果では田中課長は少なくとも10年前から着服を行っており、その手口は、患者未収金の着服と入院費の着服の二つに分類されます。」調査資料をめくりながら等松太郎は説明を続けた。
「まず、患者未収金の着服ですが、田中課長が患者から直接回収した未収金の一部を着服した上で、医事会計システムに計上されている未収金は、回収不能として償却処理を行っていたようです。次に入院費の着服については会計窓口の職員に対して医療費に過誤があったとして請求の取り消し処理を指示した上で、患者への返金と称して現金を引き出したようです。それ以外にも田中課長が自ら、医事会計システムを操作して、未収計上の取り消し処理を行った形跡もいくつか確認されています。」ざっと要約した内容を説明した後、経営会議の出席者からはため息が漏れ、しばらくの間、沈黙が続いた。
「これでは発覚はむずかしいな。偶然だが大ごとになる前に見つかってよかったよ。うん、うん」沈黙に我慢できなかったか山本事務長が突然話し始めた。経営会議が始まってから、ずっと山本事務長の顔色が優れなかったが、どうやら責任が自分に及ぶことを恐れていたようである。
「いえ、それは違います。」等松太郎は、すぐさま山本事務長の発言を否定した。
「それはどういう意味かね。」
真っ青になっている山本事務長をしり目に理事長は等松太郎に質問した。「今回の事件は残念ながら病院の内部統制の不備が主な原因だったと思われます。」
「その内部統制とはいったい何だ」
「はい、内部統制とは簡単にいうと病院の経営者が適切な経営を行うために、病院の業務に組み込んだ仕組みで、病院組織内のすべての者によって遂行されるプロセスをいいます(図表1参照)。残念ながら今回はその仕組みが十分に整備、運用されていれば、このような事態にならなかったと考えます。」
「それでは今回の場合は、その内部統制とやらをどのようにすればよかったのかね。」すこし興味をそそられた理事長は、さらに話を進めるよう等松太郎に水を向けた。
「はい、今回の場合は、入金チェックや医事会計システム上の修正履歴の管理などの問題点も挙げられますが、一番大きな問題としては特定の業務が長期にわたって田中課長に集中していたということです。特定の業務を長期にわたって実施すれば業務に慣れる傾向はあるが、反面、その業務に対する管理上の欠点等も見えやすくなります。特に患者未収金管理や窓口業務は現金を直接取り扱うことが多く、不正が発生しやすいため、定期的に業務担当者を変更させたりする必要があります。」
「なるほど、今回のような場合でも内部統制が十分に機能していれば、未然に防げる可能性が高くなっていたわけだな。よし、等松君、さっそくその他の業務の内部統制を洗い出して、問題がある個所については、内部統制の見直しに取り掛かってくれ。それでいいですな。山本事務長。」突然話を振られた山本事務長は何も言わず何度も首を小さく縦に振るだけだった。
「そんなつもりじゃなかったんだけどな・・・。」結果的に田中課長の不正を暴く形となり、なんともいたたまれない気持ちになった等松太郎は、まだ雪が残る窓の外を見ながらつぶやいた。
「お疲れさまでした。」突然声をかけられ、振り返るとコーヒーの入ったマグカップを二つ持った経理の石上が立っていた。
「ありがとう。ところで石上さん、眼鏡は?」いつもの黒縁眼鏡をつけていない石上をみて等松太郎は少し驚きながら質問した。「コンタクトにしました。似合いますか?」地味にテンションの高くなった石上からコーヒーを受け取った等松太郎の頭の中はすでに次なる課題のことでいっぱいだった。
※本記事はデロイト トーマツ グループ ヘルスケアユニットが執筆し、野村證券㈱のFAX情報として2009年から2010年まで連載されていた「病院経理課長の一年」を最新の情報を盛り込み再構成したものです。
図表1:内部統制のイメージ
連載目次
【第1話】「財務分析と会計基準」
【第2話】「業務活動から会計処理」
【第3話】「医療機関の月次作業」
【第4話】「キャッシュ・フロー経営(資金繰り管理)」
【第5話】「月次経営管理 効果的な経営会議の実施」
【第6話】「患者未収金管理と貸倒引当金(徴収不能引当金)」
【第7話】「不正と内部統制」※本ページです
【第8話】「購買管理」
【第9話】「実地棚卸」
【第10話】「決算作業 1」
【第11話】「決算作業 2」
【第12話】「会計監査」
病院会計監査人の1年 目次
第1話:会計監査と財務調査
第2話:監査の批判的機能と指導的機能
第3話:現金管理における内部統制
第4話:医事管理における内部統制
第5話:固定資産の現物管理に係る内部統制
第6話:MS法人との取引1
第7話:MS法人との取引2
第8話:MS法人との取引3
第9話:実地たな卸と立会
第10話:期末残高監査
第11話:病院のM&A1
第12話:病院のM&A2
その他の記事
ヘルスケアICTに関する各国の概況と動向
EHR、PHR、遠隔医療に関して