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新人病院経理課長の1年(第1話)

今回のテーマ『財務分析と会計基準』

病院の新人経理課長、等松太郎の視点を通じて、財務会計上のポイントや留意点をケーススタディの形で解説します。

新人病院経理課長の1年 (第1話) ストーリー

「ここが、今日から働く病院か・・・」 等松太郎は、そうつぶやきながら、木々の間から強い日差しが差し込む歩道を抜け、これから働くことになった、医療法人トーマスの病院入口へと足を進めた。

医療法人トーマスは一般病床200床、DPCは導入していないが、看護配置基準10対1、内科、外科、脳神経外科、リハビリ科を標榜する中規模病院である。病床稼働率は80%とまずまずであるが、近年の診療報酬改定や看護職を中心とした人件費の上昇等の影響により、今年度初めて赤字決算となった。
等松太郎は大学卒業後10年間、民間企業の財務・経理に勤務していたキャリアを持っている。取引先の一つである医療法人トーマスの山本事務長とは古くからの付き合いがあった。この山本事務長からの強い要望もあり、等松太郎は医療法人トーマスの経理課長として転職することを決めた。

「失礼します」 事務長室のドアを軽くノックし、中へ足を進めた先には、山本事務長が座って何やら資料に目を通していた。
「ああ、等松くん、確か今日からだったね。すでに耳にしていると思うが、医療法人トーマスは前期初めての赤字決算となった。診療報酬改定の影響が大きいと考えているが、これから君には民間企業の経験を生かして、経理課長として財務面から経営改善に取り組んでもらいたい」 そう言いながら、手元の資料を等松太郎に差し出した。
「これが 前期の決算資料だ。詳細は経理担当の石上さんに聞くといい。それでは 頑張ってくれたまえ」一通り言い終わると山本事務長は再び資料に目を落として、等松太郎に退室を促した。転職する前と態度にえらく差があるなと感じながら、 等松太郎は事務長室を後にした。

あいさつなど一通りの事務作業を終えて、等松太郎は割り当てられた経理課長の席に座った。「ふう、やっと一息つけるな」 買ってきた飲料水に口をつけながら、先ほど山本事務長から手渡された前年度の決算資料に目を通した(解説1参照)

等松太郎自身、病院の会計に十分な知見はないものの、決算書類をぱっと見た限り、医療法人トーマスの決算書自体、税務会計を基準に作られているようであった。時折、電卓をたたきながらも、等松太郎は気になるポイントをいくつかノートに書きつけた。「P/Lでは、材料費率、人件費率、委託費、支払手数料、保守料、減価償却費・・・・、支払利息も少し多いな。 B/Sでは医業未収金、棚卸資産、有形固定資産が重要な指標だな。

おや、引当金の計上が全くないな。

石上さん、引当金の会計方針(解説2参照)ってどうなっています?」 と言いながら、横で作業をしている経理担当の石上に目をやった。「・・・・・・・・」聞こえなかったのか、しばらくの間沈黙が続いた。
「石上さん?あの、」等松太郎が再度石上に質問をしようとした言葉をさえぎって、石上は目を向けることなく、抑揚のない声で答えた。
「顧問税理士に任せているので、よくわかりません」
「・・・・・・・」 等松太郎は思わず言葉を失った。前職の民間企業では財務・経理全般の情報はすべて経理課で管理していたため、会計方針や適用される会計基準についても当然に把握していた。 『これは、決算書だけでなく会計処理のプロセスから確認した方がよさそうだな』と思いながら、とりあえず顧問税理士と一度打合せが必要である旨、石上に伝えた後、今度は本当に聞こえないように、ぼそっとつぶやいた。
「これは忙しくなりそうだ・・・」

※本記事はデロイト トーマツ グループ ヘルスケアユニットが執筆し、野村證券㈱のFAX情報として2009年から2010年まで連載されていた「病院経理課長の一年」を最新の情報を盛り込み再構成したものです。

解説1 :財務分析

 等松太郎は、まず前年度の決算資料から 重要なポイントを分析しています。決算資料 は医療機関の財務状況(貸借対照表:B/S) 及び経営成績(損益計算書:P/L)を示して います。まず経営成績を見る にあたっては、まず損益構造の把握が重要 となります。
 等松太郎が入手した医療法人トーマスの P/LとB/Sを図表1に掲載しています。まず P/Lでは医業収益対給与費率ですが、急性期病院の黒字化の目安である50%を超えています。最終的に黒字化を目指すに当たっては、医業収益を上げる(生産性を上げる)か、費用削減等を通じて費用構造を変えるかの対応が必要となってきますので、まず問題の入口として、医業収益対給与費を見ています。委託費についても給与費を削減する目的で、医事業務の委託や清掃委託等、委託化を進めることがあるため、合わせて分析します。

 次に支払手数料、減価償却費、保守料関係ですが、主に医療機器や建物等固定資産に関連する費用です。例えば医療機器などはリース契約している場合が多いため、減価償却費が小さくても、支払手数料(リース料)が大きくなります。またリース・購入ともに、新規導入した翌年から保守料等が発生する場合が多いため、資金繰り等において留意が必要となります。
 B/Sでは、医業未収金(特に患者未収金)や医薬品・診療材料等の棚卸資産、有形固定資産があげられています。医業未収金のうち特に患者未収金については近年公的病院を中心に増加傾向にあります。医業未収金は3年時効が回収可能性の目安となるため、いかに管理していくかが重要となります。また棚卸資産は期末時点で未使用の医薬品や診療材料を資産計上(いわゆる期末在庫)したものです。

 外来部門の調剤を院内で実施(いわゆる院内薬局)することが多かった時代は在庫の重要性も高かったのですが、院外薬局化やSPDが進んでいる状況においては自病院で保有する在庫量自体が縮小している傾向となっています。有形固定資産については前述のリース資産はリース会計基準に準拠せず計上されないケースが多いため、未経過リース料を含め、医療機器等の資産全体を把握しておく必要があります。 

図表1 医療法人トーマス決算資料

解説2: 会計基準

医療機関においては開設主体によって適用される会計基準(会計ルール)が異なってきます(図表2参照)。そのため、同じ病院であっても開設主体が異なれば、適用される会計基準も異なるため、開設主体の異なる病院間での比較可能性が困難な状況となっています。
 各病院間の比較可能性を高めるため、国は 「病院」施設に係る会計規範として改正した「病院会計準則」を平成16年8月以降、準備が整った病院から適用することを求めています。ただし、「病院会計準則」の適用自体に強制力はなく、管理会計という位置づけであることから、「病院会計準則」を完全適用している医療機関はまだ十分に多くないようです。

 ちなみに、開設主体別の会計基準では、民間企業で適用されている会計基準(企業会計基準)の多くが取り込まれており、「病院会計準則」も例外ではありません。また、平成26年2月に四病院団体協議会会計基準策定小委員会が「医療法人会計基準に関する検討報告書」をとりまとめましたが、そこに示された基準(以下、「報告書会計基準」という)も、金融商品会計や引当金会計、税効果会計など企業会計基準の考え方を採り入れています。一方で、企業会計は投資情報重視型であるため、減損会計などそのまま適用することが理論的ではない企業会計基準については、同じ民間非営利法人である「公益法人会計基準」や「社会福祉法人会計基準」等を踏まえた考え方を採用しています。

なお、医療法の一部を改正する法律(平成27 年法律第74 号)の一部(第1条関係)が平成29 年4月2日から施行されることとなり、予てから必要性が言われてきた医療法人会計基準がようやく制定・公布されました(平成28年4月20日厚生労働省令第95号))。併せて、その運用指針(医政発0420第5号 平成28年4月20日)が通知され、その中で、報告書会計基準を医療法人が準拠すべき「一般に公正妥当と認められる会計の慣行」の一つとする位置づけが改めて示されています。(厚生労働省のホームページ

図表2 医療機関の制度会計

連載目次

【第1話】「財務分析と会計基準」※本ページです
【第2話】「業務活動から会計処理」 
【第3話】「医療機関の月次作業
【第4話】「キャッシュ・フロー経営(資金繰り管理)
【第5話】「月次経営管理 効果的な経営会議の実施」 
【第6話】「患者未収金管理と貸倒引当金(徴収不能引当金)
【第7話】「不正と内部統制
【第8話】「購買管理
【第9話】「実地棚卸
【第10話】「決算作業 1
【第11話】「決算作業 2
【第12話】「会計監査

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