ヘルスケア:健康長寿ソリューションの全世界展開 ブックマークが追加されました
日本が平均寿命世界一*1の長寿国であることは広く知られている。しかしながら、こうした長寿を支える医療・介護サービスなどの優位性を生かして、ヘルスケア分野において日本発で世界をリードする事業展開に至っている成功例は多くはない。
また、急速な高齢化に伴う社会保障制度の破綻リスク、加齢性疾患の増加、医師や介護士の不足など、ヘルスケアは多くの社会課題を抱えている分野の代表例でもある。こうした社会課題を解決するとともに、新たな市場を創出し日本企業の成長機会とすることが今求められる。
日本が目指すべきビジョンは「健康長寿ソリューションの全世界展開」である。これは、日本の世界一の長寿国としての経験と知識を活かして、健康長寿社会の実現に向けたソリューションを世界に展開するというものだ。それにより、健康長寿に関する新たな市場をグローバル規模で創り出すとともに、世界全体の健康やウェルビーイングの向上に貢献していく狙いだ。
しかし、こうしたビジョンを実現するにあたり、以下のような3つの壁が立ちはだかっている。
これらの壁を乗り越え、ビジョンを実現するには次のような3つの勝ち筋が有効だ。
「医療偏重」の壁を打破して「予防市場」をつくるには、予防によるメリットを「見える化」し、予防分野にバリュー・ベースド・ヘルスケア(VBHC)の仕組みを導入する必要がある。これは一つ目の勝ち筋だ。その結果、予防効果の高い製品・サービスが明確になり、予防に関する需要を積極的に喚起することが可能になる。
VBHCとは、患者に提供するヘルスケアの価値最大化を目指し、より低額でより高い成果を実現する医療行為に重点的に保険償還を配分する考え方である。これは、元々は「医療」に適用することを想定されたものだが、「予防」分野に導入されてこそ社会的にも大きな効果をもたらす可能性を十分秘めている。
予防領域でVBHCを導入するには、その前提として、予防メリットの見える化を支える「データ基盤」を整える必要がある。日本においてもデータ基盤の構築・活用の可能性を示唆する先行事例が出始めている。
二つ目の勝ち筋は、地域に根差した「高齢者向けトータルヘルスケアPF」の構築だ。高齢者向けトータルヘルスケアPFとは、高齢者が抱える複数の健康課題を在宅環境で遠隔にモニタリングし、必要な医療行為やヘルスケアサービスをシームレスに提供するというものだ。地域の特性やニーズに応じた構築することが有効だ。こうしたPFが普及すると高齢者にとっては自立した生活を送りやすくなる。
さらに、PFの機能を進化させて遠隔リハビリやオンライン診療の機能などを組み込むことで、病院での長期療養から在宅療養への移行を支援することも視野に入れている。これが実現すると、予防・医療・介護に関わるサービスを必要に応じてシームレスに提供していくことが可能になり、人材・リソース不足の緩和も期待できる。また、直接的な医療に限らず、当事者・ご家族・介護者・支払者などのニーズをしっかりとらまえた製品・サービス開発を行うにあたっても、ステークホルダー同士の深い理解・連携が必須であり、トータルヘルスケアPFのようなものが有益であると考えられる。
三つ目の勝ち筋は、高度医療のパッケージ化によるグローバル展開の加速だ。これは、個々の医療機器・設備単体で展開するのではなく、日本の高度な医療技術や、介護・リハビリなどのきめ細かいサービスノウハウ、各種の病院インフラやスマート医療に関わるデジタル基盤などを組み込んだ「パッケージ」をつくり、丸ごと展開するというものだ。
また、高度医療のパッケージのグローバル展開を加速するには、単に一方的な輸出に留まるのではなく、国をまたいだ医学会同士の連携や医療従事者の相互交流などを通じて、ヒトや知識を双方向で「グローバル循環」するという発想も重要だ。現に新興国の課題を深く理解して対応する形の妊産婦向け機器を日本企業が開発した事例では、その機器は新興国のみならず2024年の能登半島地震においても活用されるなど、リバースイノベーションとして日本の医療現場に「循環」している事例もある。
3つの勝ち筋の詳細や事例については書籍『価値循環の成長戦略 人口減少下に“個が輝く”日本の未来図』を参照いただきたい。
このような勝ち筋を通して、医療・介護に関わるサービス関連産業はもとより、健康関連の食品・消費財、高度な医療技術・ヘルスケア関連機器などに関わる製造業、IT・デジタル関連産業など、幅広い産業の強みを結集して「健康長寿社会・日本」を目指していくことが求められる。
出所:
*1 WHO,“World health statistics 2023: monitoring health for the SDGs, sustainable development goals”
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ライフサイエンス&ヘルスケア業界に20年以上従事。製薬企業を中心に、医療機器企業、保険企業、製造業、テクノロジー企業を支援。イノベーションを通じた持続的成長をコンセプトとし、事業ビジョン、事業戦略、組織変革、R&D戦略、オペレーション変革、DXなどのプロジェクトを手掛ける。 関連サービス ・ ライフサイエンス&ヘルスケア(ナレッジ・サービス一覧はこちら) >> オンラインフォームよりお問い合わせ
戦略ユニットのリーダー。健康・高齢化に関連する経営・事業アジェンダについて高い専門性を有する。ヘルスケア業界に20年以上関わり、日米欧現地でのヘルスケアビジネスの経験を基に、国内外のヘルスケア・医療に関する社会課題の解決とビジネス機会構築の双方を見据えた戦略構築や新規事業参入等のコンサルティングを、政府や幅広い業種の企業に提供。 カリフォルニア大学バークレー校経営学修士、公衆衛生学修士。立命館大学MBA非常勤講師。元兵庫県立大学医療MBA非常勤講師。日経「第2回超高齢化社会の課題を解決するための国際会議」パネリスト、Ageing AsiaにおけるEldercare Innovation Awards国際審査員他。 主な著書として『未来を創るヘルスケアイノベーション戦略』(共著:ファーストプレス)、『価値循環の成長戦略 人口減少下に“個が輝く”日本の未来図』(共著:日経BP社)のほか、講演等多数。 関連するサービス・インダストリー ・ モニター デロイト(ストラテジー) >> オンラインフォームよりお問い合わせ