Posted: 08 Aug. 2022 3 min. read

第六章 ESG/SDGsへの取組と事業ポートフォリオマネジメント(前編)

【シリーズ】日本コングロマリット企業の未来へ向けて

執筆者 岡田 直毅

 

 

持続可能性を踏まえた事業ポートフォリオマネジメント

各事業が利益を稼ぐことだけでなく、持続可能性を有しているかが経営の論点となっていることはコングロマリット企業であっても例外ではない。各事業を評価する際にESG/SDGsの観点を加え、例えば、石炭火力発電事業からの撤退の様に、持続可能性が低い事業のリスクを踏まえた経営判断を下す機会も増えてきているだろう。他方でESG/SDGsへの取組が費用を押し上げる要因になることもあり、収益を毀損してまでもESG/SGDsに注力すべきなのかの判断は難しい。そこでまずはESG/SDGsへの取組が少なくとも企業価値の向上にプラスの効果があるのかから評価していきたい。企業価値を向上させうる道筋としては以下の2つが想定される(図表A)。

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①ESG/SDGsへの取組が収益性に寄与せずとも、直接的に企業価値を向上させるか?

  • 投資家が企業にESG/SDGsへの取組を真に求めているならば、論理的にはESGスコアが資本コストを押し下げるはずではあるが、例えばESGスコアと呼ばれる、ESGへの取組を定量化した指標を用いて、企業価値との相関を分析してみても、現状の株式市場での価値は必ずしもESGスコアが資本コストの引き下げに至る効果は観測できない。
  • ESG/SDGsを投資クライテリアに採用する機関投資家・ファンドは増加しているも、現時点ではNegative Screening(足きり)の基準に用いているケースが多い。最近では、2022年5月に欧州の機関投資家がJパワーに脱炭素化に向けた株主提案を行う等、投資家からの積極的な働きかけも見られ始めてはいるが、企業価値への影響まで至るためには、CO2排出量への課税等の直接的な負担を課すための規制/基準の明確化/運用が必要となるだろう。
     

②ESG/SDGsへの取組が収益性の向上を伴って企業価値を向上させるか?

  • ①と同様に収益性とESGスコアの相関を分析した場合も、短期の収益性を示すROEと長期の収益性を示すESGスコアは相関してはいない。
  • ROEが高くESGスコアも高いケースは、ROEにより将来への投資の余力があることがESGへの取り組みを高めるという好循環を生んでいるケースが多い。
  • ESGの投資を高めることは短期的にはROEを引き下げる可能性もあり、長期的に経済価値を向上させる“シナリオ”がないと投資家も納得しない。
     

分析結果からは、持続可能性を高めることは長期的には望ましい可能性を持ちつつも、短期的な収益性へのインパクトは限定的であることが伺える。特にコングロマリット企業の場合、特定の事業の持続可能性が、必ずしも企業の存続に直接的に影響するわけではないため、ESG/SDGsへの取組強化も一つの選択肢として捉えた上で、収益性とのバランス、事業のピークの見極めを考慮して、現状維持/取組強化/撤退の判断を下す方が賢い選択と言えよう。

 

デジタル化の波がもたらすESG/SDGsのリスク側面の肥大化

収益性(リターン)の文脈では短期的なインパクトが限定的である一方で、世の中のESG投資の拡大傾向は尚も続いている。図表Bで示している様に、2021年7月に世界持続的投資連合(GSIA)は、2020年の世界のESG(環境・社会・企業統治)投資額が35.3兆ドル(約3,900兆円)だったと発表した(18年比で15%増)。日本は2.9兆ドル(約310兆円)で32%の増加だった。

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ESG投資が他の投資をOutperformしていないにも関わらず、これだけの拡大を続ける理由はどこにあるのだろう?一つの仮説として、ESG/ SDGsに積極的に取り組まないことによって生じるリスク側面の肥大化が考えられる。昨今では環境問題のみならず、児童労働や個人情報漏洩等、多岐に渡る企業スキャンダルが絶え間なく発生しており、単純な罰則/損害賠償だけではなく、ブランドイメージの毀損による収益へのインパクトは測り知れない。リターンは変わらないとしてもESGに適合しない企業への投資のリスクが増加しているのであれば、リスク対リターンの観点からもESG投資が拡大するのはうなずける。

例えば、企業が重視するリスクの推移(図表C)を確認すると、COVID-19のリスクを除けば、気候変動、労働力確保のリスクが大きく上昇していることが分かる。気候変動のリスクには、物理的なリスクのみならず、財務面、レピュテーション面でのリスクも含まれている。また、労働力確保の観点では、児童労働に代表される非人道的な労働環境に関わるリスクのみならず、企業のパーパス(存在意義)や環境/社会への貢献といった要素が、労働者の企業の選定理由としてプレゼンスを高めていることも、リスクを肥大させる要因となっている。

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昨今、ESGに絡んだ訴訟も増えており、企業役員の損害賠償への保険として掛けられるD&O保険の市場規模は拡大傾向にある。海外では企業に対する大規模な集団訴訟に資金を提供する、所謂“訴訟ファンド”といったものも登場してきており、ESG訴訟に対して資金が流れていることも無視できない。東京海上日動火災保険は、2021年11月にD&O保険の保険料に対してESGスコアの活用を検討することを発表した。

実はESG観点でのリスク肥大化において、昨今のデジタル化の波が果たした役割も大きい。公共財の側面を持つ社会課題への取組においては、上述の通りリターンの側面での貢献が少なく、自社は対応せずに他人任せにする戦略が合理的という力学が、ある種、経済学の「囚人のジレンマ」の様に働いていた。「囚人のジレンマ」を解消し、協調を促す主な手法は、裏切りの見える化と罰則の強化である。特に前者については、デジタル化によってESGに反する企業活動が見える化/データ化され、あっという間に拡散していき、かつ長期的にデジタルタトゥーとして残ってしまう世界となったことが一つの要因である。衛星写真によって環境破壊が露見し、企業価値を毀損したケースは一例と言える。ESG取組関連の開示要求の高まりだけではなく、デジタル化によってもたらされた衆人環視の仕組みは、裏切りを許さない世界への移行に拍車をかけるだろう。

執筆者

岡田 直毅
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 シニアマネジャー

計量経済学/データアナリティクス領域に強みを有し、主に商社・インフラ・産業機械業界に携わる企業に対して、デジタルを活用した事業戦略立案、データを活用した意思決定の良質化/オペレーションの変革、デジタル人材の育成、組織変革といった案件を推進している。

※本ページの情報は掲載時点のものです。

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