Posted: 06 Sep. 2022 3 min. read

第七章 ESG/SDGsへの取組と事業ポートフォリオマネジメント(後編)

【シリーズ】日本コングロマリット企業の未来へ向けて

執筆者 岡田 直毅

前編ではESG/SDGsに代表される持続可能性への取組がリターンの文脈では大きな寄与は見られないがリスクの文脈では企業経営にインパクトがあることを確認した。後編では特にコングロマリット企業にフォーカスした時に、どの様な要素がリスクとして大きいのかを掘り下げていきたい。

 

コングロマリット企業におけるESG/SDGsのリスク

  • ESG/SDGsへの取組がリスクとして看過できないとして、コングロマリット企業が特に向き合う必要はあるリスクは何だろう?業界全体では、気候変動に代表されるEnvironmental Risk(環境リスク)が取り沙汰されることが多い。
  • 一方で、コングロマリット企業にとって真に問題になるのはGovernance Riskとも考えられる。企業価値が単独事業の集合体よりも低く見積もられる所謂コングロマリットディスカウントの要因に対してはいくつか研究が進められているが、経営陣の事業に対する理解が乏しく、正しくリソース配分や投資判断が行われないといった観点は頻繁に取りあげられる。即ちGovernanceの複雑性が事業ポートフォリオを管理していく上での課題となっていることは言うまでもない。
  • 例えば、ESG Ratingの一つとしてMCSI(Morgan Stanley Capital International)社が提示するスコアにおける、ESGの各要素の評価の重みづけのつけ方は興味深い。スコアを算出するにあたって各業界のMateriality(重要課題)が何かを評価し、各項目の重みづけを決定している。図表Dを確認すると、全産業の中でもコングロマリット企業が多く含まれるIndustrials業界においては、Governanceの重みが全体の45.7%を占めており、日系総合商社も含まれるTrading Companies & Distributorsに絞って見れば51.5%と半数を超える。
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出所:MCSI “ESG Industry Materiality Map” (2022年5月22日時点の評価)の内容をもとにデロイト トーマツ グループ作成

  • 日系コングロマリット企業は、海外と比べて収益性が低い傾向があり、事業ポートフォリオの管理、特に撤退判断といった部分でどうしても強固なGovernanceがきかせられないことが原因と考えられる。ここにESG/SDGsに対する取組という視点からの、Governanceリスクが拍車をかける。図表Eからは多くのコングロマリット企業が現時点では平均(Average)以上の評価を得ている一方で、日系コングロマリットでLeaderに位置する企業は少なく改善の余地はある。また、Governanceに絡んだスキャンダルがスコアを引き下げる要因として作用していることも見て取れる。

 

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出所:MCSI “ESG Ratings & Climate Search Tool”(2022年5月22日時点の評価)の内容をもとにデロイト トーマツ グループ作成

 

収益性だけでなく持続可能性の評価も求められる中で、経営陣が一つ一つの事業のリスクを正しく把握/評価することは難しい。更に厄介なのは、単独事業に限定されたリスクであれば小規模な事業のインパクトは小さいが、レピュテーションリスクとなるといくら規模が小さい事業であってもその影響は全社に渡る。従って、事業ポートフォリオとして適切な事業の数はGovernanceを十分にきかせられる範囲に限定され、無用なリスクを生み出す事業は持つことは望ましくなく、この文脈においても「選択と集中」は避けられない判断なのかもしれない。

 

 

強固なGovernanceを実現するためのデータドリブン経営

  • Governanceのリスクがコングロマリット企業に対して大きな影響を持つのであれば、足元で必要な取組はESGリスクの評価に基づく、事業ポートフォリオの組み換えだけではなく、その判断を支えるための経営データ基盤の強化ではないだろうか?デジタル化の恩恵は必ずしもESG/SDGsに関わるリスクの肥大化だけでなく、Governanceの高度化にも活用できる。
  • 経営管理の領域では、従来の定期的なレポーティングによる事業管理ではなく、経営ダッシュボード等も活用した、Business Intelligence機能の強化が進んできたが、元よりリアルタイムで情報を把握し活用することは経営の意思決定に不可欠であった。勝率100%のじゃんけんロボットをご存知だろうか?人が出した手を瞬時に確認してミリ秒以下のタイムラグで勝てる手を出すといった、人間には認識できない速度の後出しじゃんけんを実行しているロボットなのだが、ビジネスの場でも同様のことは起こり得る。例えば、株式市場でAIやRPAを活用したプログラミング投資が主流となる中で、高速取引行為が問題視され、2017年以降、規制が強化されている。プロの機関投資家が保有するプログラムが、個人投資家の注文の動きを察知して、先んじて高速で注文を完了させてしまうことで利益を得るといったことが現実に起きていた。いずれも“情報の格差”と“情報を得てから実行に移す速さ”で勝利を掴んでおり、汚い手法と一蹴するか、ビジネスの本質と捉えるかは人それぞれではあるが、ESG/SDGsに関わるリスク管理においても一手の遅れが致命傷になりかねないことは自明である。
  • Deloitteが日系企業のCFOに対して定期的に実施している調査において、経営におけるデータの取得状況(図表F)を確認すると、財務データに関しては概ね取得/活用が進んでいる一方で、「取得が必要だが出来ていない」と回答したデータについては、ESG/SDGsに関するデータが60%と全体の一位となっていることが分かる。財務情報だけでなく非財務情報も含めた経営管理が求められている中で、ESG/SDGsも重要な役割を果たすことは想像に容易い。
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出所:“Deloitte CFO Signals Report 2021Q4” の内容をもとにデロイト トーマツ グループ作成

  • また、内部監査の領域でもデジタル技術は活用されている。既にリスク評価プロセスにおける「リスク情報の収集・評価」(リスクセンシング)、事前準備における重要情報の入手・抽出やアナリティクス活用(AI/CI、OCR)、評価対象のプロセスやデータの流れの把握(プロセスマイニング)、監査プロセス(ワークフロー)やレポートの自動化(内部監査ツール、GRCツール)などの領域で活用されており、将来的には人事情報を用いた不正検知等、内部だからこそ活用できるデータを用いた監査の高度化も期待される。
  • 特にコングロマリット企業では、持株体制であったり、関係会社が数多く存在していたりと、経営層と事業の現場とのコミュニケーションにGovernanceの課題があると言っても過言ではない。ある事業からは利益が出ていない言い訳に、ESG/SDGsへの取り組みが使われてしまうケースもあるだろう。社会全体での共通認識や枠組みは整備途中である現状に鑑みれば、早期に企業独自の物差しを検討し、各事業/各関係会社のESG/SDGsへの取組と収益性/企業価値への影響について正しくかつ即時に把握していく必要がある。コングロマリット企業において、ESG/SDGsといったリスクをコントロールする上でも、データドリブン経営の浸透こそが最優先で取り組むべき経営課題ではないだろうか。

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執筆者

岡田 直毅
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 シニアマネジャー

計量経済学/データアナリティクス領域に強みを有し、主に商社・インフラ・産業機械業界に携わる企業に対して、デジタルを活用した事業戦略立案、データを活用した意思決定の良質化/オペレーションの変革、デジタル人材の育成、組織変革といった案件を推進している。

※本ページの情報は掲載時点のものです。

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