Posted: 12 Oct. 2023 4 min. read

第十五章 結語

【シリーズ】日本コングロマリット企業の未来へ向けて

日本コングロマリット企業は再生する

拙著『ジャパニーズ・ディスカウントからの復活─日本企業再生への処方箋』を出版以降、実に様々な業界より大きな反響をいただいた。某大手証券会社様よりは機関投資家向けの計5回のウェビナー講演の機会もいただき、まさに株式市場に接しておられる証券会社及び機関投資家の皆様の投資先を見る視点、「生」の声・反応も聞く事ができた。

各社との対話にて頂いた貴重な示唆を集約すると、コングロマリット企業での経営改革には3つの論点があった。


「継続的」な経営改革の重要性

売上高と営業利益は、企業および事業の業績を評価する指標として一般的である。しかし、この指標は、企業の事業再編に対する心理的な障害ともなる。すなわち、赤字ではない、トップラインが減少してしまう、それゆえ事業縮小を伴う事業ポートフォリオのスリム化は実施すべきではない、というロジックである。一方で、売上重視経営からキャッシュフロー重視経営へ時間をかけながらも粘り強く経営から現場までその変革の必要性を浸透させた企業が経営改革の成果を享受しはじめている。経営改革は一過性のものではなく、「継続性」が問われるという事であろう。

各機関投資家の皆様も基本的に私と同じ課題意識をもっておられ、ディスカウント課題に真摯に長年取り組んでおられる企業がやっと成果を出し始めたという認識で一致した。またウェビナー講演の機会では、「日本のコングロマリット企業の経営改革は富士山の登頂でいうと何合目まで来ているか?」という質問を複数いただいた。私は「コングロマリット企業も通常の事業会社も現在のような市場環境・業界環境・技術環境の全てが劇的に変わる中で、事業ポートフォリオの最適化、経営改革の終わりはないと捉えるべきである。常に五合目あたりにいるべきと虚心坦懐に自己評価をするべきではないか」と回答させていただいている。「継続は力なり」、絶え間ない経営改革と変化を進めていく企業が生き残っていくであろう。

 

 

コングロマリット経営における『多様性』ある取締役会の経営監督機能の重要性

コングロマリット企業は非常に長い社歴を持つことが多く、その歴史的な経緯から、長年培われてきた独自または伝統的な意思決定手法をとっている事が多い。そこには所謂「しがらみ」的な、意思決定における慣例と内輪的な経験や議論に基づいて、たとえ経営を取り巻く外部環境が変わっていたとしても、現状維持という意思決定と行動が優先される傾向がある。一方で、成功事例では、取締役会に外国籍の人や外部の経営者を招聘し、従前の意思決定手法をより業界環境、グローバル水準に合わせようとする取り組みが行われている。つまり取締役会メンバーの多様性によって、非合理的・非経済的・非国際的な意思決定に「NO」を言えるガバナンス体制が整備されつつあると言える。

 

 

コングロマリット経営におけるぶれない「一貫性」のある経営・事業の軸の重要性

テクノロジー業界をはじめ、所謂DXブームの恩恵を享受している業界において、盛んなM&Aを高プレミアムで実施し、事業ポートフォリオが肥大化している企業がある。これまでは産業財を中心にした業界でのコングロマリット・ディスカウントが主な話題になっていたが、市場の急減な変化に伴い、それが他業界にも広がっているという認識である。テクノロジー企業自身の盛んなM&Aに加えて、テクノロジー企業を高プレミアムで手中に収めようとするNonテクノロジー企業のM&A、両面で次なるコングロマリット・ディスカウントの潜在的なリスクが見受けられる。DXというバズワードに踊らされて、自社の「経営・事業の軸」から逸脱した事業ポートフォリオの拡大には大きな将来的なディスカウントリスクが伴う。

一方で生成AIといった破壊的なインパクトをもたらすテクノロジーの登場により、コングロマリット企業の「経営・事業の軸」に対する考え方は大きく影響を受けるであろう。例えばコア事業に求められる人材ポートフォリオも従前のスキルセットを前提とした議論ではなくなってきている。ノンコア事業にも、そういった生成AIをフル活用し、グループ全体に貢献できるこれからの人財がいる可能性もある。よってコングロマリット企業の事業ポートフォリオを検討する際に、単に財務的な視点からの検討だけではなく、今後は人的資本経営、あるべき人財ポートフォリオ、非財務的な観点を合わせ慎重に検討する事が求められてくる。

自分達の企業グループは何をパーパスに何をビジョンにして経営をしていくのか、その為にどんなぶれない経営・事業の軸を持つか。その方針・意思決定・判断根拠を経営陣がしっかりと現場従業員に説明できるか、逆に切り離されるノンコア事業の従業員にその合理性を根気よくコミュニケーションできるか。まさに経営陣の胆力の見せ所と言える。

日本コングロマリット企業は再生する。ただし引き続き大きな変化・変革が必要である。大きく変化・変革することは企業だけでなく、働く従業員にも、求められている。そのような成功事例が日本でも複数出始めている。

私たちデロイト トーマツ グループは、1年以上にもわたって複数の専門家による視点から、異なるトピックに対する連載記事『日本コングロマリット企業の未来へ向けて』を掲載してきた。その連載記事においても大きな変化・変革が示されている。

日本コングロマリット企業の再生は、やがては日本経済が強みを取り戻すことにもつながるだろう。

関連インダストリー

デロイト トーマツ グループはインダストリーに精通した経験豊富な専門家で編成するプロジェクトチームを有し、革新的かつ経済動向・経営環境に即した現実的な解決案の提案。企業の課題解決を支援します。

執筆者

野澤 英貴/Hideki Nozawa

野澤 英貴/Hideki Nozawa

デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員

大手総合商社などを経て現職。重電、電機等の製造業をはじめ、ITなどの業界において、クロスボーダー案件、グローバル経営・営業改革等のグローバル・プロジェクトを多く展開。 AI/IoT領域の新規事業立ち上げ、組織再編、M&Aプロジェクトの経験も豊富であり、戦略立案から組織設計はもちろんのこと、戦略がなかなか実行に移されない日系企業特有のボトルネックを解消する仕組み作りに近年は注力している。 2022年9月東洋経済新報社より『ジャパニーズ・ディスカウントからの復活』を出版し、多事業多地域展開する企業に対する経営改革のアプローチを提言している。 Deloitte Asia PacificのIndustrial Products & Constructionsセクターのリーダーも兼任している。 関連サービス ・ 産業機械・建設(ナレッジ・サービス一覧はこちら) >> オンラインフォームよりお問い合わせ