日本コングロマリット企業の未来へ向けて 第九章 サステナビリティ|社会・投資家から求められるサステナビリティとは ブックマークが追加されました
執筆者 永井 希依彦
昨今、ESGやSDGs、気候変動など社会・環境に対する企業経営の責任や配慮が求められるようになったのは周知の事実であるが、このようなトレンドを具体的な現象としてとらえると、消費者・従業員・投資家などステークホルダーたちが企業やその商品・サービスを選ぶ理由として企業のサステナビリティに関心を持ち、その取り組みが大きく影響するようになったといえるのではないだろうか。
例えば、消費者のESG・SDGsに対する認知率は2019年から2020年にかけて18.3%から23.7%、24.2%から39.8%と上昇している[1]。さらに、消費者は企業に「リサイクルの仕組み構築」や「環境にやさしい製品を開発・販売する」ことを期待しており、実際に、エシカル消費を実践している人のうち、多くが「リサイクル活動・購入」を実践し、また一定層が「環境配慮型商品の購入」を重視している。
従業員についても同様に法令遵守や地球環境への配慮、従業員の働き方・地域社会を重んじる姿勢をもつことに期待しており、サステナビリティ文脈での企業自身や企業サービス/製品を選択する理由になっていることがわかる。
このようなトレンドは、投資家が投資を決定するうえでも重要な要因となっている。実際、投資判断の際、約8割の投資家が企業のESGへの取り組みを考慮しており[2]、ESGが企業経営の根幹にある要素として評価されている。これは世界的金融イニシアチブのPRI(責任投資原則)への署名の数をみても明白で、2021年時点では3,826の金融機関が署名しており(全世界運用資金残高は約1京5,000兆円規模)[3]、ESGに配慮できない企業はますます投資されにくい社会へと変化している。海外の大手機関投資家においては、株式だけでなく債権や不動産にもESG意識が浸透してきており、ESGへの取り組みが、広い投資活動の中での重要な投資判断軸として重視されていくことが伺える。
[1] 企業広報戦略研究所 『2019年度ESG/SDGs に関する意識調査』、 『2020年度ESG/SDGs に関する意識調査』
[2] 企業広報戦略研究所 『2019年度ESG/SDGs に関する意識調査』、 『2020年度ESG/SDGs に関する意識調査』
[3] PRIウェブサイト「About the PRI (URL: https://www.unpri.org/about-us/about-the-pri)」2022/9/16閲覧
しかし、投資家とその他のステークホルダー(消費者・従業員など)にとって概念と資金調達への影響には大きな違いがみられる。
一つ目は概念の違いである。サステナビリティ活動は大きくESG・SDGs・CSRに分けられる。しかし、往々にこれらの概念は混同されがちである。まず、いわゆるESGとして区分されるべきものは、投資家からの要求事項であり、具体的には「投資活動を通じて企業の環境・社会への負の影響を抑制し、事業の存続を目指すための評価基準」である。対して、SDGsは企業やそのほかの公共・民間団体が「事業活動を通じた社会的課題の解決に軸足を置くテーマ/目標」であり、CSRは企業が「本業を通じて行う社会貢献活動」である(図表1)
図表 1 サステナビリティ活動のコンセプトの概念整理
(デロイト トーマツ グループ作成)
これらの定義を参照してみるとSDGsやCRSは社会からの要求事項であり、どの項目にどの程度対応するかというのは企業にとって任意である。対して、企業が長期的成長を目指す上で重視すべきESGの観点での配慮ができていなければ、投資家などから企業価値を損ねるリスクを抱えているとみなされる。そのため、ESGに配慮した取り組みは、長期的な成長を支える経営基盤の強化につながると考えられる。
二つ目の違いは、こうしたサステナビリティ活動が、資本調達コストへの影響を与えていることである。これは、制度設計として、企業のサステナビリティへの態度によって資本調達コストに差がでるように意図された結果である。
金融機関や規制当局は、サステナビリティ文脈において、リスク管理・リスク開示・資産分類の項目ごとに、金融機関と事業会社との間の関係性構築・対話(いわゆるダイアログ)がどうあるべきかを包括的かつ詳細に取り決めている。具体的には、投資家や企業に法規制の順守やサステナビリティ活動に係る情報開示を要求し、企業はサステナビリティに係る取り組みを統合報告書やTCFD・サステナビリティレポートなどを通して開示し、投資家はそれらの報告書や第三者評価機関から企業のESGに係るパフォーマンスの評価を参考に投資する関係性が構築されている。また、金融機関は自身の投融資資産をタクソノミーなどのガイドラインに従って分類し、開示することが求められている(図表2)。
図表 2 トランジション・ファイナンスの仕組みの全体像
(デロイト トーマツ グループ作成)
こうした制度設計は、特定の気候変動や生物多様性に係る事業とそのための投融資活動に対し、政府機関による利子補給などを通じ直接的なインセンティブを付与するだけでなく、投融資対象となる企業の継続的価値創出を占うために必要な新たな「軸」を提供する役目を果たすように意図されている。つまり、サステナビリティという評価軸を導入することにより、事業の資本調達に影響を与えることがもともとの目的であるのだ。
我が国のコングロマリット企業に対して、これら大きな視点でのサステナビリティを考慮した経営やそれらを取り巻く規制・ガイドライン、外部評価機関などのトレンドは、開示・説明コストの増大を意味するだけなのだろうか?
確かに、企業の事業継続上、焦点を当てるべきサステナビリティ分野や課題の整理、それらの課題を踏まえたサステナビリティ活動への落とし込み、開示する情報の収集や情報開示、規制や変更に伴う追加的対応など情報開示への対応は、現場から経営層まですべて巻き込んだ大がかりな作業とそのための体制整備が伴うものである。
しかし、これらサステナビリティ活動に係る開示や説明は、サステナビリティ文脈でつくられた特定の調達市場への入門の足掛かりになるとも考えられる。グリーンボンドやサステナビリティ・リンク・ローンのように、利子補給などの制度的な政府からの後押しがあり、特定の調達市場が現につくられている。これらの調達市場では、上述議論の通り、グリーンボンド原則などにより、投資対象となる一定の領域が定められており、主に気候変動や環境保護、社会、ガバナンスといった持続可能性に貢献する事業に対する資金調達が促進される。このことから、サステナビリティ関連の開示は、制度や特定融資枠の拡大などの新たな調達機会が増加することを意味するのではないだろうか。
加えて、このサステナビリティ活動の対応・開示に向けた取り組みをVRFが検討するうえで、企業価値創造の再考を図る機会にもなり得る。
企業の情報開示の基礎フレームワークを提供しているVRF(Value Reporting Foundation。旧IIRC(International Integrated Reporting Council))は、企業が持続的に成長するプロセス(企業価値創造プロセス)の具体的な開示および説明の在り方を推奨しているが、この中では、これまで必ずしも焦点が当たっていなかった非財務項目について再度着目している。非財務項目は、製造資本、人的資本、知的資本、社会関係資本、自然資本の5つから成り、サステナビリティ活動をこの5つの領域に埋め込んで企業価値創造を検討するアプローチとしてグローバル企業では既に過半で実践されている。
これら財務・非財務の統合的な説明の充実と巧拙は、現在その企業価値(株価)を大きく左右していることが先験的にわかってきている(次章で詳細に議論)。
昨今のサステナビリティ文脈での要求事項を、コングロマリットとしてどう価値創出の継続性に活かすことができるのか?その答えは、複数事業を包摂し社会的イシューについて多面的に課題解決のためのソリューションを多面的に提供できるその価値提供の仕組みかもしれないし、コングロマリットとして社会の広範にはり巡らせたサプライチェーンを環境的・社会的に健全なものに推し進めることでできるそのスケールメリットかもしれない。いずれにしても、旧来の財務的な側面だけでなく、非財務的な側面でもその価値創造の源泉をアピールする好機として、コングロマリットたる特性をどう活かしていけるかを見直す好機だと捉えられるのではないだろうか?
永井 希依彦
有限責任監査法人トーマツ ディレクター
戦略策定・財務分析・マーケティングおよび事業性評価に強みを有し、主に航空宇宙・防衛、重工・産業機械、医療および農業に携わる企業に対して、ファイナンスとインダストリノウハウを相互に融合を図るプロジェクトを推進している。
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