Posted: 04 Apr. 2023 3 min. read

第十二章 コングロマリット経営の意思決定精度を上げる“リアルタイムストラテジー”<後編>

【シリーズ】日本コングロマリット企業の未来へ向けて

シナリオプランニングを超えて

ここまで、いまなぜリアルタイムストラテジーが必要で、シナリオプランニングをどのように行うべきなのかを述べてきた。要約すると、この不確実性の高い世界では、変化に応じて機敏に意思決定をしていくことが求められるため、いくつかのシナリオをもって、複数の選択肢のなかから、必要な戦略オプションを選び取ることが必要不可欠だからといえる。その選択のためには、リアルタイムで常にモニタリングしてシナリオを選び出すことが重要となる。

これまでもシナリオプランニングという手法は取られてきているが、人間がどのシナリオが実現しそうかとモニタリングして、判断していくことには限界があり、迅速に柔軟に意思決定していくことができていなかった。しかし、現在は、AIによって常にシナリオをモニタリングすることが可能となり、変化に合わせて最適なシナリオを選び、機敏に意思決定していくことが可能になった。このテクノロジーの進歩と、不確実性が重なったことで、リアルタイムストラテジーという概念が重要となったといえる。

戦略策定を困難にするものに対する再考

では、次に、具体的にAIがどのような働きをして、何を可能にしているのかについて説明する。まず、ここではAIがどのような定義なのか、そしてAIと協奏するという内容に入る前に、戦略策定を難しくしているものについて説明したい。

前編では、不確実性の高い時代において戦略を策定するためには、超人にならなくてはならないと説明した。なぜ超人になる必要があるのか、言い換えれば不確実性の高い時代とは何が起こっているのかを説明したい。

私たちは、「複雑性」と「適応性」という壁が、戦略策定を難しくしていると考えている(図表1)。

図表1:デロイト トーマツ グループ作成

 

「複雑性」とは、他の要素に影響を受けて変化する状態、言い換えれば特定の要素の状態が別の要素によって決まることを指す。特定の要素の状態が別の要素で決まることが複雑性なのである。実際の社会でも、気候変動と移民が関係していたり、干ばつなどにより貧困を生んだりなど、様々な事象が関係しあっている。この複雑性が壁となっているのである。

「適応性」とは、それまで慎重に研究してきたシステムが、要素や状態、相互の関連性含めてすべてそれまでとは別のシステムに変化することを指す。わずかな要素の変化により、別の要素がその変化に適応し、想定していた相互作用も変化することであり、これこそが適応性なのである。この適応性が働くことにより、また調査をやり直さなくてはならなくなる。この適応性が2つ目の壁になっているのである。

ではどうすればこの2つの壁を壊すことができるのだろうか。まず「複雑性」を打破するためにはシステム思考が役に立つ。時間をかけて焦点をなる問題を選び、すべてのドライバーを特定し、最後に未来のシナリオを作成することで、要素間の関係を正しくとらえ、複雑性をかき分けることが可能となる。ただ、それだけでは「適応性」を打破することはできない。なぜなら、急速な変化が起き、適応性が働くことによってさらに大きな変化が起きれば、そのシナリオの妥当性が確実ではなくなってしまうのである。ただここで忘れてならないのは、シナリオ思考にはすでに変化が組み込まれていることである。変化によって「適応性」が働くのだから、その変化をあらかじめ予測し、さらに実際に変化が起きた場合に想定したモデルが妥当かどうかを確認することで、「適応性」にも対処できるのである。

変化の速い世界でシナリオ思考のモデル作成力を使いながら、必要なリソースを合理的なレベルで保つことはかなり難しい。それを可能にするのが、AIを活用した動的なシナリオ・モデリング、リアルタイム・システム・モデリングである。では、実際にAIはどのようなことをするのだろうか。

 

 

リアルタイム・システム・モデリング

システム思考の3つの局面、調査、モデリング、モニタリングで考えてみたい。

まず、調査の段階であるが、AIはキーワードや文脈を指定しておくだけで、手に入るすべての情報に目を通し、重要なテキストを特定し、アナリティクスを提供してくれる。そのアナリティクスにはトピックに関連するサブトピックも含まれ、ドライバーを特定する判断材料になる。また、AIは関連した記事をまとめるだけでなく、隣接する記事とのつながりを示し、他のトピックとどのようにつながっているのかを確認する材料を提供してくれる。

次に、モデリングという局面では、ドライバーの重要性と不確実性を判断してくれる。AIは専門家と彼らが発信した内容を特定し、リストにあるドライバーに関連する発言を探し、専門家の主張からあるドライバーの関連性や重要性についてアナリティクスを行っている。また、あるドライバーについてどのくらい共有、拡散されているかを把握して、特定のドライバーの重要性を間接的に判断することもできる。さらに、専門家の発言を定量的に分析して、不確実性に対して専門家がどのように考えているのか、不確実性を判断することも可能である。

最後に、モニタリングという局面では、AIはそれぞれの指標に関する情報を探し、情報に基づいてどの帰結が実現する可能性が高まったかを判断する。また、AIはすべての変化を自動的に取り入れ、常にシナリオをモニタリングすることで、そのシナリオが焦点となる問題に答えを出すのみに適しているか、言い換えればシナリオの健全さを判断するのである。

ここまで、AIがどのような役割を果たすのかを述べた。最後に、その働きがどのようなことを可能にするのかについて説明したい。

 

 

AIによるシナリオモニタリング

1つ目が、ドライバーの特定である。大規模な情報収集や大量のデータのアナリティクスに基づくパターンや共通点の発見から、未来を作り出すトレンドとドライバーの特定を可能にする。

2つ目は、ドライバーの評価である。多くの専門家や大規模な集団の意見、判断の収集やクラウドの投票などから、ドライバーの影響や不確実性を広い視野で理解することを可能にする。

3つ目は、全体のスピードアップである。最新テクノロジーの活用によって、品質を損なうことなく短期間で効果的なシナリオプランニングが可能となる。AIは人間のアナリストより速く読むことができ、一定の作業効率で作業を行えるため、調査段階のリソースを75%減少させるとともに、調査の質を大幅に向上させることができ、変化が引き起こす影響を理解すること、それにどう対応するかを考えることに時間を使えるようになる。

4つ目は、ストーリーテリングである。デジタル化によって人間の集中力の持続時間が短縮されているが、その短縮を加味して「動画」という新たな媒体により、内容を凝縮した説得力のあるストーリーを伝えることが可能となる。

5つ目は、モニタリングである。シナリオをモニタリングすることにより、現実化しつつあるシナリオや、抽出される示唆が重要性を増し、不確実なものが既定の要素に変わっているかどうかを示す指標を見つけ、追跡することが可能となる。また、常にシナリオをモニタリングすることで、そのシナリオが焦点となる問題に答えを出すのみ適しているか、言い換えればシナリオの健全さを判断し、いつシナリオをアップデートしなくてはならないかを判断することにつながる(図表2)。

図表2:デロイト トーマツ グループ作成

 

 

 

リアルタイムストラテジー

私たちは皆さんに、まず変化や不確実性を受け入れることから始めることを推奨する。どれほど過去に十数年にわたる精緻なデータを整備しようとも、必ず当たる予測は出来ない。それよりも、変わることを前提とし、変化の状況を具に観察し、誰よりも早く変化に対応する方向を選ぶべきである。そのために、いまAIのような技術が使えるようになった。

AIは万能ではない。特に組織の意思決定をする場面では、あくまでもヒトの判断の補助となる情報を提供するのみである。ただ、それで十分なのである。適切な問いかけ、大量のデータの中から兆しを発見するだけで、後はヒトの意思決定に委ねることは今の時代も有効である、ただそれが、予め用意出来ていたか否か、が重要となる。

 

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デロイト トーマツ グループはインダストリーに精通した経験豊富な専門家で編成するプロジェクトチームを有し、革新的かつ経済動向・経営環境に即した現実的な解決案の提案。企業の課題解決を支援します。

執筆者

吉沢 雄介/Yusuke Yoshizawa

吉沢 雄介/Yusuke Yoshizawa

デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員

データサイエンティスト職を経て現職。自動車、消費財、EC、商社、広告代理店業界を中心に経営意思決定・マーケティング・セールス領域におけるアナリティクスやデータ、デジタルを活用した戦略策定から実行支援に強みを持つ。近年はデータ駆動型経済におけるDX戦略及び全社改革、デジタル関連企業のM&Aを中心に従事。企業活動にエビデンスに基づいた意思決定する仕組み・文化を導入することを推進している。 「パワー・オブ・トラスト」(共著:ダイヤモンド社 )、「リアル・タイム・ストラテジー」(監訳:ビジネス教育出版社 )、「両極化時代のデジタル経営」(共著:ダイヤモンド社 )、その他執筆・講演多数。 >> オンラインフォームよりお問い合わせ